香港市晩香波区(99-7)
A「最近のバンクーバーの街の表情は?」B「そうですね。私は十年ばかりカナダの東の方に住んでいたのですが、久しぶりにバンクーバーに戻って来て、ダウンタウンの街角に立ってみると、当たり前のことですけど、道幅はちっとも変わらないのに、車だけはどんどん増えている、ここバンクーバーは東西南北、山と海と国境に囲まれた神戸みたいな町ですから、これから先どうなるのだろうとちょっと怖くなりますね。私が旅行者として初めてバンクーバーにやってきたのは三十年前、昭和四十三年のことですが、その時は同じ街角に立っていても、車があまり走って来ないんです。歩いている人も見かけない。時々走ってくる車は霊柩車みたいに大きくて、エンジンの音もきこえない。シャーッとタイアの音だけ。今のようにブーンと唸りを上げて走るなんてことはなかったんです。東京でいえば、銀座の角みたいな所に立っていてそうですから、静かというより寂しい街だというのが三十年前の第一印象でしたね。当時でも、ロスアンゼルス辺りはスモッグがひどくて、玉葱を切った時みたいに眼が痛かったのですが、今はバンクーバーも排気ガスが充満していて、楽園喪失、パラダイスローストと人は言うんです。その交通戦争の中を、丸に三ツ矢のメルセデスが走っている。みると丸い顔をした中国人がハンドルをにぎっている。赤いBMWにはこれまた上品な中国人の若者や娘さん。多分香港か台湾からやってきた移住者でしょう。では、背の高い白人、つまり本来のカナダ人はというと、トヨタやホンダがお気に入りらしいですね。それで日本人の私は、カナダ製の小さな中古車に乗っているというわけなんです」A「カナダには中国系がどのぐらいいるのですか」B「カナダの人口が三千万として、そのうち中国系が百万人ぐらいでしょうか。全国の統計でみれば三十人に一人の割合に過ぎないんですが、バンクーバーでは三人に一人が中国系なんです。ですから私もよく中国人に間違えられて「ニンハオマ」なんて話しかけられるのですが、今、カナダで一番使われている言葉は、もちろん英語が圧倒的。それからケベックではフランス語。三番目に多いのが中国語なんです。バンクーバーのショッピングセンターに行くと、買い物客の半分以上が中国人。図書館をのぞいてみると、閲覧室にいるのはほとんど中国人。とにかく、人口の割合以上に中国人の存在感を感じますね。ですから、今度バンクーバーに帰ってきて、空港から街の中に入ってきた時、一番目についたのは、大きな漢字の看板なんです。昔は漢字といえばチャイタウンの一角に限られていたんですが、今は市内いたる所に、そして郊外にもひろがっている。私なんか、英語の看板だとチラッとみただけでは分かりませんからね、アルファベットでエーとV,I.C.、ああそうかビクトリアかと、口の中でモグモグ言ってみて、気がついた時にはもう通り過ぎていたりして。そこへいくと漢字なら横目で分かりますからね。美食之家と書いてあれば、ああ美味いものを食べさせてくれる所だな。あれッ、汽車停車場? この辺別に「汽笛一声新橋を」という感じじゃないけれど、あッそうか、自動車の駐車場のことかと、ひとつ勉強になったというわけです」A「中国系のカナダの社会における地位や役割は?」B「昔鉄道建設や鉱山開発のためにやってきた中国人の労働者は、それはもうひどい扱いで、人権も認められなかったのですが、今は、世界中から移ってきた新しい華僑の人達が経済力を持っていますからね。パワーエリートですよ。カナダは、それぞれの州に総督がいるんですが、以前この州の総督にも香港からの中国人がなっていましてね。とても評判がよかったですよ。現在カナダの総督、つまりカナダの実質上の元首ですが、香港生まれの難民だった中国系女性が、エリザベス女王の名代としてカナダの女王といった地位に就いています。我が家の辺りでも、立派な新しい豪邸に住んでいるのはみな中国人です。昔から住んでいた白人の人達は、そういう金持の中国人に自分達の家を高々と売って、郊外に移る。中国人は、その古い家を取り壊して、豪華な邸宅を新築する。別棟のガレージには三台か四台の車が入るようになっています。私の住まいのお隣もお向かいも、また裏っ側も中国人ですが、白人のガーデナーが来て芝を刈っていますよ。ついこの前までは、日本人か中国人が白人の家に行って芝を刈っていたのですが、逆になりましたね。私なんか中国人に間違えられると、「いや、私は日本人です」とムキになるんですが、考えてみれば中国人に間違えられるということは、リッチなお金持と勘違いされているわけですから、金持喧嘩せず、「サンキュー、シェシェ」と受け流しておいた方がいいのかもしれませんね」

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