介護(99-7)
老人介護の問題ですか。そういうことはカナダではあまり問題にならないですね。と言うのは、高齢者が暮らしていくのに、健康上や経済的な心配があまりありませんからね。私のまわりにも高齢者の方が大勢いますが、九十才以上の方も少なくない。それでもハイウェイをドライブしたり、ボウリングの球を転がしたり、皆さん結構楽しそうにやっていますよ。なぜ経済的な問題がないかというと、年金で不自由なく暮らせるからです。しかし年金の少ない人には政府の補助金が出ます。また家を売れば何百万円か何千万円になる。それを投資信託にまわせばその配当で楽に暮らしていける。もしそんなお金がないのであれば、政府が面倒をみてくれますから、ちゃんとした人間らしい暮しができるような仕組みになっています。中には自ら望んでホームレスになったり、政府の援助を拒む人もいますが、普通六十五才以上になれば、若い時より快適な暮しができるのがカナダのいい所だと思いますね。健康上の問題にしても同じです。病気になってもお金の心配は一切ない。それは介護に0ついても同じです。お金がないからといって、差別されるようなことはない。お金持でも、生活保護を受けている人でも、同じ病室に入って、同じ治療を受けられる。医者は親切。看護婦は機嫌がよい。看護婦の機嫌のよいのは大事ですよ。ではその病院や生活補助のお金はどこから出てくるのかと言うと、やはり税金ですね。税金は高いですよ、カナダは。所得税から物品税、犬の鑑札まで含めると、所得の半分は政府に納める勘定になってしまいます。それに加えて、州独自の収入があります。私の住んでいるブリティッシュ・コロンビア州は、その大部分が森林です。そしてその森林の持主は州政府ですから、紙パルプ工場も製材所も樹木を切り出しては、州政府に支払う。そうした財源が福祉国家を可能にしているのです。それで、お年寄りが普通住む所はといえば、老人ホーム。三階建てのアパートもあれば、高層ビルもある。中には老人ばかりで住んだのでは面白くない、若い人も混じって暮らした方がよいと、大学生に建物の一部を開放している所もあります。またカナダは移民の多い国ですから、それぞれの国の出身の人達が自分達独自の老人ホームをこしらえる。その際、政府の補助を受けると、他の国の人も入居させなくてはいけない。例えば日系人の老人ホームにポーランド系の人も住める。逆にポーランド系の老人ホームには日系人でも住めるのです。カナダのお年寄りはほとんどが一人住まいです。皆さん孤独に強いのです。親子二代三代と一緒に住んでいる家族はまずありません。成人した子供達はどんどん出ていく。残された親は、芝刈りが段々たいへんになってくると、老人ホームにでも移ろうかということになります。老人ホームには、礼拝堂やジム、つまり室内運動場もありまして、なかなかデラックスですよ。一人住まいの人は個室、夫婦の人はマンションみたいな所に住むのですが、私がこの前訪ねたマンションは広くてきれいな所でした。それで三度の食事、スタッフのサービス、家賃込みで、夫婦一ヶ月二十五万円ぐらい。五十五才以上だったら入れるそうです。介護が必要になってくると、医療スタッフのいる別な施設に移るのですが、それでも私が訪ねた所はホテルみたいな所でしてね。訪問客はフロントでエレベーターの暗号を教えてもらうのです。しかし住んでいる人達はエレベーターが使えない。ですから外をさまよう心配もない。私が訪ねたのは六十代のアルツハイマーの男性でしたが、家族の写真をみても誰だか思い出せない。しかしロビーでボランティアの女性がピアノを弾くと、何百とある讃美歌を全部覚えていて歌うのです。そしてお祈りをする時は、それまでゴボゴボうがいをするような声だったのが、ローレンス・オリビエみたいないい声になるのです。あれは不思議ですね。神を信じる心は、消え行く記憶とは別の働きをするのでしょうかね。しかしいつまでも心の若い人もいますね。最近ハーバードを八十九才で卒業したマリー・ファサノさん、七十一才で高校に入り、十六年かかって大学を出たのですが、感心するのはその歩き方なんです。スッスッと軽い足取りで図書館の階段を上がっていく。私も丸い背中をスッキリと、足取りだけでも颯爽と、歩きたいものだと思いますね。

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