夏の便り(99-7)
ご無沙汰しています。お元気ですか。バンクーバーの夏も結構暑いです。でも冷房はいりません。団扇もいらない。まあ夏は拍手喝采、申し分ありません。日本から、夏の間だけ来て、夏休みを過ごす渡り鳥族も大分います。今はバンクーバーと言っても、「ハンバーガーが何だって?」なんて訊かれることもなくなりました。夏はいい所です。満足しています。そうかと言って、夏の間人口がふくれるということもありません。夏はバンクーバーの人達もバカンスでよそへ出掛けますから。私も夏はキャンプに出掛けるのですが、環境はいいし、ご馳走はたっぷり。音楽もいいし、いい講演も朝晩聴ける。昼は皆さん水上スキーで水飛沫をあげていますが、私はもっぱら昼寝のレクリエーションです。キャンプはもちろん家族連れが普通ですが、一人で来ている人も結構います。昭和一桁生まれの私は、シニアー、つまり高齢者のキャンプに行くのですが、キャンプで会う人達の平均年齢は八十五ぐらい。一緒のテーブルで食事するご婦人も美容院から帰ってきたばかりというようなお洒落なスタイルで、九十才とのこと。中に一見五十才ぐらいの美人がいましたが、、その人が妻の頭をみて、「いいわね、黒い髪」と言います。「染めてるんです」と答えると、「私もよ」と輝く金髪に手をやって、「私八十よ」と言うのには驚きました。テーブルでの会話も、長生きの秘訣とか孫の自慢ではなくて、旅行とかテニスとか信仰の話。年をとってもああいう感じだといいなと思いました。しかし、皆が皆いつまでも健康というわけにもいかないようです。やはり「友達が段々記憶を失っていくのが淋しい」と言っています。実は私共も教会に頼まれて老人ホームにお年寄りを訪ねることがあるのです。ロビーでは十人ぐらいの白髪の人達がだまってテレビのレスリングをみている。ガリバー旅行記の、いつまでも死ねない老人の国の話をつい思い出してしまいます。しかしお年寄りにしてみれば、見たこともない東洋人が突然自分を訪ねてくる。どんな気持だろうと、ちょっと見当がつきません。中には頭が混乱している人もいて、私をみるなり「あ、兄さんだ」と嬉しそうな顔をする婦人がいたのにはびっくりしました。いや、私は背も低いし、目も細いし、西洋人に兄弟だなんて間違えられる覚えはないのです。しかしそれだけ頭が混乱しているのでしょうね。しかし家族の顔も覚えていないようでは、家族の人達も情けないだろう思います。それでも知り合いの医者は、「たとえ分からなくても、見舞いに行ってあげた方がいい」と言います。「見舞い客のある人には、施設の人達も親切にする。ところが見舞い客の全然ない人には、それほど親切にしてしてあげない、そんな傾向がある」と言うのです。カナダのお年寄りは、ご存知のように、たいてい独り住まいです。皆さん孤独に強い。親子二代三代一緒に住む家族はまずありません。子供達も大きくなると、どんどん家を出て行く。残された親は、芝刈りがたいへんになってくると、「では老人ホームにでも移ろうか」ということになります。私が訪ねた老人ホームもホテルみたいな所でしたが、独りの人達は個室、夫婦の人達はマンションのような造りの住まい。「スタッフも親切で、プログラムも色々あり、食事も申し分ない。毎日楽しく暮らしている」と言っています。言ってみれば陸上の動かないクルーズ船の生活みたいなものでしょうか。それでも、「老人だけで住むのは面白くない。若い人も混じって暮らした方がよい」と、建物の一部を大学生に開放している所もあります。しかしアルツハイマーになると、また別な医療サービスのある施設に移されます。私共が訪ねて行くと、受付でエレベーターのボタンの暗号を教えてくれますが、そこに住んでいる人達は使えない仕組みになっています。ですから外をさまよう心配もない。スタッフの人達がおしめの面倒までみてくれますから、家族も普段は安心して仕事や家庭生活をつづけることができるわけです。カナダでは、今のところ介護の問題はそれほど重大な社会問題になっていません。高齢者が暮らしていくのに、健康上や経済的な心配があまりないからでしょうか。私のまわりにも高齢者が大勢いますが、九十才以上の方でもハイウェイをドライブしたり、ボウリングの球を転がしたり、皆さん結構楽しそうに暮らしています。なぜ経済的な問題がないかというと、年金でだいたい不自由なく暮らせるからです。しかし年金の少ない人には政府の補助金が出ます。また持ち家を売れば何百万円か何千万円になる。それをミューチュアル・ファンド(投資信託)にまわせば、その配当で楽に暮らしていけます。もしそんなお金がないほど貧しければ、政府が面倒をみてくれますから、ちゃんとした人間らしい暮しができるようになっています。中には自ら望んでホームレスになったり、政府の援助を拒む人もいますが、普通六十五才以上になれば、若い時より快適な暮しができるのがカナダのいい所だと思います。健康上の問題にしても同じです。病気になってもお金の心配は一切いりません。それは介護についても同じです。お金がないからといって、差別されるようなことはありません。金持も、生活保護を受けている人も、皆同じ病室に入って、同じ治療を受けられます。医者は親切。看護婦は機嫌がよい。看護婦の機嫌のよいのはとても大事なことだと思います。では病院の費用や生活扶助の資金はどこから出るのかと言うと、やはり税金です。税金は高いですよ、カナダは! 所得税から物品税、犬の鑑札まで含めると、国民の稼ぎの半分は政府に持っていかれる勘定です。それに加えて、州独自の収入もあります。例えばブリティッシュ・コロンビア州の国土の大部分は森林です。そしてその森林の持主はだいたい州政府ですから、紙パルプ工場も製材所も樹木を切り出しては、州政府の金庫に納入することになります。そうした財源が福祉国家を可能にしているのです。年をとってもいつまでも心の若い人もいますね。最近ハーバードを八十九才で卒業したマリー・ファサノさんは、十四才で学校をやめ、工場で働き、子供を育て上げました。七十一才で未亡人になった時、「今度は私が勉強する番」と、高校に入りました。そして十六年かかって大学を出たのですが、満場総立ちの拍手の中で卒業証書を手にしたファサノさんは、「私に勉強の機会を与えてくれたハーバード大学に感謝します」と挨拶しました。そのファサノさんの歩き方ですが、スッスッと軽い足取りで図書館の階段を上がっていく。私も、できれば丸い背中をスッキリと、足取りだけでも爽やかに、歩きたいものだと願っているのです。 暑さのきびしい折からくれぐれもご自愛ください。奥様とご母堂様によろしく。 (July, 99)

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