Saturday, June 11, 2005

日系人(99-9)

コロラドに戦時中日本人をかばってくれた州知事がいたとは知りませんでした。 カナダの戦前から戦後にかけての首相だったのは、自由党のマッケンジー・キングですが、労働次官(?)だった頃、バンクーバーの日本人街・パウエル・ストリートをめぐる人種差別暴動をみて、「日本人の移住は今後禁止すべきだ」との意図をかためたということです。そして、広島に原爆が投下されたというニュースを聞いた日の日誌に、「この恐ろしい原爆がヨーロッパ人の上に落とされなくてよかった」と書いています。アメリカでは、戦争が終わったら、すぐ日系人を西海岸に戻したのに、カナダ政府は、1949年になるまで、日系人がバンクーバーに戻ることを許しませんでした。もちろん財産は没収同様の扱いです。しかしその頃の苦しみを経験したことのない三世達は、レーガン政権が日系人に補償でつぐなったアメリカの動きに励まされて、カナダでもマウルニー進歩保守党政府から補償金をとりつけました。それでも一世二世達の気持は複雑でした。古い傷は今更思い出したくない。平和にカナダの社会にとけ込みたいのに、三世達の戦闘的な態度は有難迷惑。古老は述懐します。「三世達の剣幕があまりにもすごかったんで、、わしらなんにも言えんかったんよ」と。「収容所に入れられるまでは、長いだぶだぶの古着をまとって食うに食われぬ暮らしをしとった日系人もいたのに、収容所では食事と寝る所は保証され、ベースボールに盆踊り、まあハラデーみたいなもんでしたよ。日本の皆さんは戦争で苦労しておられるちうのに。我々迫害ばかり受けてきたように日系の人たちは書くけれど、正しい記録を我々死ぬまでに残しておきたいという気持があるんです。」しかしそういう声は politically correct ではありませんから、若い三世達が聞くと怒ります。知り合いの二世が言っていました。「戦時中我々のために力を尽くしてくれたのは、サルベーション・アーミーとCCFだけでしたよ。」 CCFとは現在の New Democratic Party(社会主義政党。サスカチュワンとブリティッシュ・コロンビアの現州政権)です。またモントリオールに住むある日系人は、「戦時中BCでは人種差別でいやな思いをしましたからね。それに戦後1949年まで、西海岸に帰るのを禁じられていたし。それに比べると、ケベックの人達は戦争中でもあたたかく迎え入れてくれましたからね。今フランス語の問題で州政府から色々圧力があるといっても、昔のことを思うと、このケベックで多少不自由な思いをしても、BCには帰る気になりませんよ。それにバンクーバーは一年のうち半分は雨じゃありませんか。あんな所のどこがいいんですか」と言っていました。BCでは、新民主党が政権についているとはいえ、アンダードッグです。バンクーバーの新聞も敵意丸出しで連日大きな見出しで新民主党を叩いています。ビジネス界が州政府を敵視するのはわかりますが、日本の進出企業の駐在員まで現地のビジネス界の空気に同調するのは、いささかどうも。
  戦中・戦後の日系人    (99-09)

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