Saturday, July 29, 2006

拡大する中東戦乱(3006/08/01)

イノさんへ

イスラエルとヒズボラの争いはなかなか決着がつきませんね。 あれは1967年でしたか。 六日戦争と言われた短期決戦で、イスラエルが決定的な勝利をおさめたのは。 

あの頃、アラブの大国に東西南北取り囲まれたイスラエルが、エジプトを完敗に追い込んだのは、今から30年前になりますが、今度は、パレスチニアンの一派ヒズボラに対する決定打が3週間たってもなかなか出ないようですね。

30年前の私は中東情勢に無知だったのですが、中東通の日本人によると、「あれは日本と戦前の東南アジアの一国が戦ったようなものだよ」と言われ、なるほどそんなものかと思ったことでした。

うちの教会に、以前レバノンとシリアの大使をしていた人がいるのですが、日曜の礼拝の後よくコーヒーを飲みにラウンジにやってきて私に話しかけてくれます。 六日戦争のことを持ち出すと、「あの時のナセルは張子の虎だったのですよ。 脅しをかければイスラエルが簡単に屈服すると思ったんですね。 そしてイスラエルの実力を知らなかった。 アラブ側は何回負けても構わないようなものだが、イスラエルはそうはいかない。 一度負けたらお終いだ。 だから勝負は一方的になったわけだが、今度のヒズボラは、イスラエル軍の兵士を人質にとれば、イスラエルとの交渉も自分達の思い通りになると誤算したんですね。 だからイスラエルの反撃がこれほど強硬になるとは思っていなかったのでしょう。 それにヒズボラにはイランとシリアから何万発のミサイルや武器が供給されている。 そして、民家や国連の場所にミサイルの発射台を配置し、反撃している」とみていました。 とすると、昔の東南アジアの旧植民地を相手の戦争という喩えは成り立たなくなったのですね。

それにしても、イスラエルに危機が訪れると、世界中のユダヤ人が、イスラエルの存亡のために駆けつけるようですね。 1973年、私がまだロンドンにいた頃、また中東で戦乱が勃発したのですが、職場にいた女性で、父親が金持ちだというのが自慢のユダヤ人の姿が一時見えなくなりました。 そして戦争が一応終息すると、その女性がまた職場に戻ってきました。 すっかり日焼けして真っ黒になっていました。 聞くと、イスラエルの野戦病院に行っていたとのこと。 イギリスで生まれ育っても、ユダヤ系の人なら皆二重国籍を持っているということをその時初めて知りました。

それに引き換え、レバノンに戻っていたレバノン系カナダ人は皆二重国籍ですが、戦争が始まると、我勝ちにレバノンを脱出しようとする。 それも親兄弟を残したまま。 どうしてだろうと訊ねると、その知人は、「レバノンではかなりの人がクリスチャン。 だから脱出するのは、クリスチャンでしょう」と推測していました。 

つまり、アラブの社会で生きるクリスチャンは、祖国に対する愛国心よりも、自分の宗教への帰属感が先に立つということなのでしょうか。 二重国籍を保持しながら、普段カナダに住まないで、別な国で生活するということは、カナダに税金を納めていないということ。 それでもカナダ政府は、全額国費負担で救出しましたが、他の国のように一部を引揚者に負担させてもよかったのではないかという疑問の声が国民の一部から出ています。 移民の国が抱える難しい問題です。

(06/08/01)

1 Comments:

Blogger High Power Rocketry said...

http://deepakgopi.blogspot.com/

6:07 AM  

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