イノさんへ:時代と会社の評価(06/07/04)
「イノさんへの私信: 時代と評価の移り変わり」
新卒の人達が憧れるトップ経営者についてのお話に、時の流れを感じました。
私が学校を出たのは昭和31年でしたが、あの頃人気があったのは東レでした。 私は文科でしたから就職には関心がなかったのですが、レーヨンの企業がどうしてナンバーワンなのか、詮索もしないままでした。 しかし優秀な若者が当時同社に集まったものです。 あれから50年。 あの俊秀達はどうなったか。 彼らが支えた日本一の企業はどう発展していったのか。 今になってみると話を少し聞いてみたい気がします。
その頃松下と言えば、新卒でも望みの高い人は同社を第二志望にランクし、関西の人でも、同社製品に対する評価は今ひとつだったと思います。 まだ同社が負債を背負っていたからでしょうか。 あの頃、既に松下さんは、電化製品を水道から流れ出る水のように流通させたいという夢を語っていましたが、その通りになりましたね。
その頃大阪でロータリーの全国大会が開かれ、私の父も出席したのですが、ホスト役とおぼしき腰の低い老人がいたので、「この度はお役目ご苦労様でございます」とねぎらったところ、そのロータリアンも父の胸の名札をみて、「これはこれは鹿児島からお越しでしたか」と挨拶を返されます。 そこでその方の胸を改めてみたら、「松下幸之助」とあったと父が語っていました。
それから5年位経った頃かと思いますが、タイムの表紙に松下幸之助の、やや愁いを帯びた表情の画が出ました。 私の知る限り、日本人でタイムの表紙になったのは松下さんが初めてだったように思いますが、当時の日本の若者よりもタイムの編集者の方が、松下さんのたぐい稀なリーダーシップを見極めていたのですね。
今は、レバノン系のブラジル人で、フランスのキャップをかぶるゴーンさんが、若者の評価するトップ経営者ですか。 この人については何も知らないのですが、文化も言語も違う環境で、古い伝統の日産自動車を立て直したのですから、天才的頭脳と実行力の持主でしょう。 しかし、フランスが外国のバックグラウンドを持つ人物を日本に送り込んで成功したというのも面白いですね。 イノさんがフランスのサッカーチームは黒人選手を主体としていたと指摘されていましたが、「国境なき医師団」が第三世界で活躍しているそうですね。 国境なき経営者や運動選手も、これからは主役を演じる時代がやってきたようですね。
日本の「国際化」が取り上げられてからもう20年以上になりましょうか。 人材の国際化は進んでいますか。 バブルの興奮がまだ冷めやらぬ頃、日本の会社や銀行から派遣されてアメリカのビジネススクールに学んだ若きエリート達が、「もはやアメリカから学ぶべきものは何も無い。 日本が保有するアメリカの公社債を引揚げたらアメリカは忽ちお手上げだ」と発言したことがビジネスウィークに伝えられていました。 彼らが日本の復興に特に寄与したわけでもないのに、若い世代特有の傲りだったのでしょうか。 最近トヨタのトップが「トヨタの社員の驕りが将来心配だ」と発言していたと聞き、イノさんと同じ警世の憂いを共有されているように感じました。
もう30年以上前になりますが、ある日本の作家が「ヨーロッパに居る日本人は蠅のようなものだ」と発言したことがありました。 その頃私もヨーロッパに居て、その文明に貢献することなく、ただ熟した果実に食らいつく蠅の一匹だったので、忸怩たるものを覚えました。 それでまだ新参者を迎えてくれるカナダに移ってきたような次第です。
次は中国の若者の番がやってくるでしょうか。 時代はドンドン移り変わりますからね。 (06/07/04)

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