Monday, July 03, 2006

友への私信: そぞろ歩き(06/07/03)

「イノさんへ: そぞろ歩き」

文京区の閑静な通りを熟年のグループが散歩する様子がみられるとのこと。 本郷を中心とする辺りには、文学散歩を楽しめるコースが沢山あるのでしょうね。 漱石の文章の中にも、千駄木とか西片町十番地とかの地名が出てくるので、十番地とはどこにあるのかと行ってみたのですが、地図で見ると一つの町に匹敵するほどの広さだったので驚いたことがありました。 漱石とか一葉を始め、明治大正の文豪や学者が暮らしていたのでしょうが、戦災に会ったのかどうか。 そういうことを思い出しながら杖を曳いてみたいというのが私の昔からの念願だったのですが、時間の許される今は、遠く異郷の空の下。 夢は夢として憧れながら保っていくべきものなのかもしれません。 

先ほどうたた寝をしている時に、字をペン軸に刻まなければならない羽目になった夢を見ました。 その時に、記念の「念」という字がどういう筆順だったか戸惑ってしまい、自信が無くなったところで目が覚めました。 ワープロにばかり頼っていると、本当に字を忘れてしまうものですね。 イノさんのように、手書きのロングハンドで書く意義は大きいと痛感しました。 英語人の著作家や学者の中にも、パソコンはおろか、タイプライターも使わず、長い線入りのイェローパッド用紙で、著作やエッセーを書く著名人がかなり居るようです。 ピアニストが指に曲を暗譜させるように、ロングハンドで綴るうちに思考が熟してくるのでしょうか。

平成のパソコンに頼っていると、明治や大正はますます遠くなりにけりです。

東京の若い友人が「ぶらり途中下車の旅」というDVDを送ってくれるのですが、おかげで椅子にすわったまま都内や近郊のぶらり散歩を楽しむことができます。 文学散歩のような趣向ではありませんが。意外な美味しい出会いが多く、いつも若くて古い東京の良さを見直すことになります。 同じ友人から「散歩の達人」という雑誌も送ってもらっていたのですが、これにはタイムトンネルを通り抜けるような文学散歩もあり、東京生まれでもなければ東京育ちでもない田舎者でも、郷愁をそそられるものがありました。 特にその編集スタッフの面々が筆で描く筆致がピチピチと新鮮で、若い人達の語り口が魅力的でした。 この友人から恵送のビデオや雑誌をいただくようになったのは、私がまだBBCにいた頃ですから、もう何十年になるでしょうか。 それでいて、会ったのは五年前、その人の仕事の合間を縫って、三ノ輪の珈琲店でほんの三十分だけ。 私とは親子ほど年が違うのですが、そんな深くて長い付き合いを続けてくれる天然記念物的人も居るのですね。 これも短波放送のとりもつ不思議な縁です。 そうそう、その人も、博識多才ですが、パソコンやワープロには手を出さず、いつも手書きのキチンとした筆跡で便りをくれます。

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