何処まで続くこのブーム(00-1)
1991年3月に始まって既に107ヵ月を経た北米経済のブーム。 どうしてこんなに長く繁栄が続くのか。 「みんな頭を掻いているんですよ」と言うのは、ブラインダー前連邦準備制度理事会(FRB)副議長。 グリーンスパンFRB議長の絶妙な手綱捌きは「Aプラス、いやAプラスプラスだ」と米国の官民は絶賛しています。 米国の一歩後を歩むカナダもおかげで好況。 しかしブームには必ず終があるのですから、「もうはまだなり。まだはもうなり」のタイミングはいつかと、株価の動きを見守っています。十七世紀のチューリップの球根は、今でいえばインターネット株でした。 珍種のチューリップのバルブに対する投機が高まり、オランダの居酒屋で先物取引が生まれ、外国からの投機資金が流入すると、バルブ1個で家一軒買えるほどの高値まで高騰。 しかし先物のデリバリーができなくなってバルブのバブルは崩壊したのでした。1920年代は電気が普及し、大都市には摩天楼が続々と建ち始め、GMやRCAの株がウォール街の寵児。 技術革新が経済のダイナミックスを変え、株価は8年間に6倍近く上昇。1929年8月ウォールストリートの株式市場は空前の高値をきわめました。 その頃バーナードバルックは靴磨きが株の予想を話しているのをきき、靴磨きまで株をいじるようになってはと、オフィスに戻るやいなや証券ブローカーに電話して、自分の持ち株を全部売り払うよう指示しました。 それから2ヶ月後天井は崩壊し大恐慌が襲来。 株式市場が1929年のレベルに回復するのに40年の歳月がかかりました。1929年をピークとしたニューヨークのダウ平均の山と谷のグラフは、東京の1990年の大発会を境にした日経株価指数の山と谷によく似ています。 1989年の大納会の日経指数は38915.9、10年前の492%になっていました。 それが3ヵ月以内に23%下落。 それで訂正安は終わったものと思われたのですが、1992年8月にはピーク時の63%下落。 そして1998年10月には12880。 1999年末は18934.3と回復したものの、10年前にくらべ半分以下にとどまりました。 当時のアナリストたちも、今振り返ってみれば明白だが、渦中にいてはわからなかった」と告白しています。 この日経指数の歴史から学び取るものはないかと、米国の投資家はグラフを見つめています。FRBが金利を上げはじめてから半年になりますが、まだまだ年半ばまでは上昇が続きそうです。 普通金利のインパクトが経済に影響を与えるのに数ヵ月はかかるものですが、今までのところまだその兆候がみられないのも今回のブームの特徴です。 金利の上昇は本来「これから景気が悪くなりますよ」と消費者に警戒警報を与えるはずのものですが、消費者にはだその警報を聞こえないのか、反応しようとはしません。 金利が上がれば株を売って有利な債券に乗り換えそうなものですが、株はますます上昇しています。 金利にセンシティブなはずの住宅産業も、一連の利上げの影響はまだ軽微で、大きな新築住宅がよく売れていま/す。民間企業の資金調達に占める銀行融資の割合も、25年前の38%から27%に減ってきています。 既に9年続いたブームで企業の自己資本も充実し、融資を受けた分の金利も利益が高いので無理なく吸収できる余裕があります。 住宅ローンも30年の固定金利は8%ですが、短期だともっと安くなり、消費者も平均して7年ごとに家を買い換えるのが普通ですから、金利の引き上げは住宅セールスにさほど響いていません。 自動車もメーカーが独自の低利ローンをオッファーするので、記録的売上が続いています。投資家も経営者も消費者もグリーンスパン議長の手腕でインフレーションが抑えられるものと信頼しているので、景気後退になるようなことはなく、さらに繁栄が続くものと考えています。 FRBが手綱を引き締めれば引き締めるほど今のところブームが続くという意外な現象となっています。 60年代や70年代には、金利の引き上げは失業と景気後退を意味しましたが、今はむしろ雇用と収入の安定をもたらすものと受け止めているようです。 市場がFRBのブレーキに畏れをいだくようになるためには、もっと深くペダルを踏みこむ必要がありましょう。 (Source: WSJ)

0 Comments:
Post a Comment
<< Home