Monday, June 13, 2005

インターネットの目覚め(99-12)

私がインターネットに引き合わされたのは今から4年前。NHKからRCIに出向していた英語アナウンサー花田恵吉さんに手ほどきを受けました。Netscape One が店頭に出た頃でした。しかし日本語はまだ判読できず、英語で読める情報も、日本大使館の執務時間のお知らせぐらい。その頃既にリアルオーディオもありましたが、音質が悪く、短波放送を長距離電話で聴いているような感じで、私も間もなくインターネットから遠ざかってしまいました。 その後兎が昼寝をしている間に、亀さんはずっと追い越して行ってしまいました。今は世界中に数千万の website があるようですが、私は先ず yomiuri から開き、そこから他の全国紙、New York Times などをブラウズしています。貴兄から地方紙のURLを教えていただいたので、早速故郷鹿児島の新聞のサイトを訪れました。おかげでまた一つ舞台がひろがりました。 30年前、40年前は、日本にいて仕事のアイディアや方向を求める時、ニューヨークの情報を拾い、「TIME」を読んでいればよかったのですが、今では逆に、海外から日本を見つめる必要があると思うようになってきました。 インターネットの世界で使われる言葉は、85%が英語で、2番目がドイツ語、3番目が日本語だそうですが、ドイツ語がフランス語よりも広く使われているとは意外でした。日本語も健闘していますが、まだ国際共通語とは言えません。 日本のことを知るためには、外国人に日本語を勉強してもらえばいいのですが、馬を水辺まで連れてくることはできても、水を飲ませるのはまた別。それよりは、我々が英語と格闘する方が早道と、なかば諦めの心情です。 しかし外人でも立派な日本語を話す人がいます。関西学院で教えていたカナダ人教授が「演習は原典購読を主体としておりまして」と格調の高い話し方をするのを聞いて驚きました。  私の英語は六才の幼児にも劣るもので、国辱ものですから、なるべく英語は喋らないことにしています。ですからますます下手になる悪循環です。私の英語が何故下手かということを日本語のできるドイツ人の言語学者が診たてていわく、「あなたの場合、日本語の思考が impede している。あなたの英語は文人の英語です」と。文人の英語とはうまいこと言うなと思いましたが、そう言われればなるほど「左様然らば御免候え」的英語を使って人に笑われています。 インターネットは世界に向けて発信するのですから、一つ一つのセンテンスを短くして、翻訳しやすいようにしてくれれば助かります。ダイヤモンドの石山賢吉の文章は、「。」の多い、短いものでしたから、経済の知識のない者にもやさしく読めました。ラジオに関係していて教えられたことは、「いくら立派な内容であっても、ながら族に分からないようなものでは意味がない」ということです。昔西田幾太郎の著作を翻訳していた上智大学のドイツ人神父が、どうしても分からないところがある。そこで京都の西田先生のお宅にうかがって教えを乞うたところ、西田先生、手をこまねいて、「さあ、何を言わんとしたのでしょうかなあ。私にも分かりません」と言われたとのこと。西田哲学のような深遠な哲理をインターネットで流すことは稀でしょうが、できれば少年講談的平易さが望まれます。 カナダで日本文化に興味を持っている人達は、特に「ibari 」「ijime」「amae」「tatemae」「honne」という言葉に fascinate されるようです。もう一つは「secretiveness 」。そういえば日本人の中には自分の母親が病気であることをかくす人もいます。プライバシーの問題と考えているのでしょう。福田恒存さんが国際文化会館での講演で、「この前ちょっと事故がありまして」と言われましたが、こちらの人ならあっさり「父が亡くなったものですから」と言うところでしょう。私も自分の出た学校の同窓会に顔を出さない方ですが、私の RCI での女性同僚も自己紹介の際、出身校は「えへへ」ですませました。 こちらでは、集会の場で自発的に「私の妻は他の男と逃げた」と告白する人がいます。私はそういう場面に3回居合わせました。初対面の人に「うちの子はこびとでして」とか、「息子は今刑務所に入っていて」と言われて、何故会ったばかりの日本人にそういうことを明かすのだろうと不思議に思いました。心が透明なのです。 アメリカのテレビで読売新聞の特派員がインタビューされていました。英語の上手な人でしたが、インタビューする人の目を全然見ないのです。明後日の方を見ているのです。その点は自分と同じ典型的日本人だなと思いました。しかし、こちらの人は変に思ったでしょう。私もよく相手の顔を見ないと批判されます。しかし私の若い頃は、就職の面接の場合でも試験官の目を見るな、ネクタイの結び目を見よ、と教えられたものです。日本のテレビ番組を見ていると、キャスターとゲストはお互いに目と目をみつめません。テーブルの上のメモをみながら時々チラッと相手の顔を見る程度。日本人同志ならこれでもいいのですが、外国人には、番組の前後のお辞儀と同様、東洋的異国情緒を覚えることでしょう。 ドイツ人は理由なく微笑むなと育てるのだ、とあるドイツ人が言っていました。日本人は顔で笑って心で泣くのが得意。ただでさえ日本人は仏像の様なスマイルで inscrutable だと言われますが、外国人に日本人の真情を勉強してもらうほかありません。 その文化の理解に、時間と空間を超えて、影響力を発揮するのがインターネットでしょう。たとえ日本人の能面のような表情が気になっても、インターネットなら、アイディアと言葉が主体ですから、そういう impediment も中和されます。そして何より「honne」が出やすくなると思います。内向的な人もインターネットなら eloquent に "honne" をきかせてくれるでしょう。外国人も日本人の透明な "honne"をききたいのだと思います。

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