ある日本人の英語哀歌(06-04-18)
イノさんへ
先日お送りいただいたエッセイの中で、都知事が「英語を小学校から教えるとはナンセンスだ」と喝破した旨承りましたが、日夜言葉にからむ失敗や恥辱に悩んでいる凡夫としては、もう少し真意を伺いたいものだという気がいたします。
前にも申し上げたことがありますが、英語国では英語の力が人格の一部としてみなされますから、私など人格欠落者として扱われるのは致し方ないと、侮蔑を甘受している次第です。
幕末、薩摩から欧米に留学した森有礼は、明治政府の文部大臣となり、英語を公用語とすることを提案したそうですが、国粋主義者によって暗殺されてしまいました。
かつてイギリスやアメリカの植民地だった国の人達が英語に堪能なのは解りますが、ヨーロッパや中近東の政治家やジャーナリストが英語を自由に駆使するのにはいつも驚かされます。 日本では広島の秋葉市長ぐらいでしょうか。
才能教育が昔から普及している日本では、ピアノやバイオリンを幼児に習わせるのが常識ですが、才能教育の一環として二桁の九九計算もやらせていましたね。 英語の才能教育も、鉄は熱いうちに鍛えよ。 幼い時から始めるのに越したことはないと思うのですが。
豊かな日本では、高校生の子女をアメリカやイギリスに留学させることが珍しくなくなりました。 たしかに高校時代の一年留学も効果があるようですね。
知り合いの若いアメリカの外交官は、高校時代、一年山梨に留学し、その後アイオワ大学、ハーバード大学院で日本語に磨きをかけたので、高度の日本語を話し、新聞も読んでいます。 バンクーバーに着任する前は、旧満州の奉天に在勤していたそうですが、その地の中国人の英語能力の高さには、語学の天才に近い彼でさえ驚嘆していました。 それらの中国人は、勿論留学したことはないのですが、「CDなどで勉強するのか、その語学力には舌を巻いてしまう」と感心していました。 その人も、バンクーバー在勤中、日本総領事館主催のパーティーや集会に度々出席したようですが、そこに出席している日本の領事達は全員口をつぐんだまま。 司会は現地のカナダ人が日本語と英語でやっていたと、目を丸くしていました。 今度札幌に赴任するのですが、何故日本の英語教育の効率が悪いのか、彼にもしその気があれば、博士論文が書けるかもしれません。
日本人は、英語というとイギリス英語を崇拝しますが、隣に住む82才のイギリス人は、60年前にカナダに来た時、イギリスアクセントを笑われたので、カナダ訛を真似するのに苦労したそうです。 CBCの同僚もイギリス英語を嫌うのには驚きましたが 一口にイギリス英語といっても色々あるのでしょう。
私がロンドンに住んでいた頃の家主は、戦前、東京外語や士官学校で教えた人でしたが、ある日BBCTVで、ロンドンのイーストエンド出身の男性が日本の国税庁長官に英語のレッスンをしている様子をみて、身震いしていました。 私には、コクニーとBBC英語の違いは余り判らなかったのですが。
一方、私がBBCで研修を受けた教官は、「どこでそんなLOUSYアメリカンアクセントを拾ったのか」と軽蔑の色を隠しません。 1960年頃ニューヨークのアメリカンランゲージセンターで一夏習った米語は、英国では通用しませんでした。
私はロンドンでデモシカ代用教員として、日本語クラスを夜間担当したことがあるのですが、授業中にオーストラリア人の青年が手を挙げて「先生の出身はどちら?」と訊きます。 「ナニ鹿児島? 日本語は東京でないとダメだと聞いたが、京都の日本語も女性的だからよくないとか」と生兵法を披露します。 .その御仁がクラスで一番出来が悪かったのですが、大体文法の細部にこだわるような人は大抵上達しませんね。 「では英語を習うにはオーストラリアがベストでしょうか」と訊くと、クラスは笑いに包まれました。 日本の英会話学校でも、「オーストラリア人はどうもね」と敬遠する傾向があるようですから。
ドナルド・キーン先生は、戦時中日本語を特訓で勉強していた頃、アメリカのどこかに日本人の農夫か漁師がいると聞くと、飛んで行ってその人の話を聞いたそうですね。 別に山の手の東京弁をという注文はつけなかったようですが。
私が幾ら難しい単語を覚えても、6才の金髪の童子の英語には及ばないと悟ったのは30の時。 ところが最近では所詮昭和一桁の付け焼刃では3才の幼児にも劣るのだと諦めるようになりました。
シゲより (06-04-17)

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