信じられぬ悲劇 (2006/10/03)
イノさんへ
ペンシルべニアのアーミッシュの村の小学校でおきた事件には驚き、言うべき言葉を知りJません。 日本のメディアでも詳しく報道されたことと思いますが、こちらのニュースで見る限り、犯罪学者も心理学者も「スピーチレス」という状態で、評論家の分析もまだ聞こえません。
アーミッシュといえば、自動車などの文明の利器は一切排して、素朴な生活に徹し、何よりも信仰を篤く守る信心深い人達と聞いています。 写真も撮らないので、犠牲となった子供達の姿も残っておらず、脳裏に刻まれたイメージだけが頼りだというのですから、遺族の心境は私には想像もつきません。
ただこちらのテレビなどのメディアには、アーミッシュのコミュニティの様子は全然あらわれません。 勿論誰もインタビューに応じないのでしょう。 犯行は憎んでも、犯人については既に許しているのかもしれません。 「謙虚」と「許し」、それがアーミッシュの人達の信条のようです。 犠牲になった女の子の殆んどを取り上げた村の産婆さんは、例外的にインタビューに答えて、「イエスキリストが自分の罪を許してくれたように、自分も許さなくてはならないと思うし、許すことができる筈だ」と語っていました。
一方、犯人も、テレビの写真で見る限り極悪人の形相ではありませんね。 普段は静かで、教会にも通い、事件の当日は、奥さんが、教会の祈祷会に出て、学校に通う子供達の為に祈っていたというのですから、謎はますます深まるばかりです。
6才から13才までの女の子を黒板の前に立たせ、足を縛って殺したと聞きましたが、17年前にモントリオール大学で起こった大量殺人事件の時も、犯人のマルク・ラピンは、14人の女性を教室の床に伏せさせ、次々に銃で殺していったのでした。 しかも犯人ラピンの母親は、モントリオールの教会で礼拝しており、犯人が誰か判らない段階で、「犯人の母親の為に祈った」というのですから、悲劇も凡人の理解をこえて一層複雑になりました。
不思議なことに、私が見た限りのアメリカのニュースでは、「銃砲の取締りを」と言う声はひと言も聞かれませんでした。 カナダのニュースでは、か細い声でそういう意見も出されましたが、ハーパー首相は、銃砲登録にも反対で、その撤廃を唱えているのですから、カナダも今の保守政権のもとではあまり期待はできそうにありません。 (06/10/03)

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