Thursday, October 27, 2005

新聞配達 (05-10-25)

イノさんへ

新聞の購読者が減っているというのは、日本だけの現象ではないかもしれません。 ニューヨークタイムスもワシントンポストも、もともと日本の読売とか朝日とかに比べれば、かなり購読者の規模は小さいと思うのですが、あれだけの人材をよく抱えていけるものだと、不思議に思います。

30年前カナダにやってきて、子供が新聞配達を始めた時、場所はバンクーバー郊外のコクィットラムやサレーでしたが、新聞を取る家庭の少ないことに驚きました。 しかも一軒一軒の距離が長いのです。 子供が走って配達してまわる後から親が車で追って見届けるのですが、小さい子供の新聞配達は、往々親子のジョイントベンチャーになっていました。

そして集金も自分で行うのですが、これが難物でして、一家の責任者がなかなか在宅しない。また居ても払ってくれなかったりして、何度も出直すのです。 集金の苦労に比べれば、新聞を配達するだけの仕事は単純で、健康にいいのですが、時たま「夕刊が届かない」と言って電話をかけてくるお得意がいます。 そこで近くのグローサリー・ストアに行って、新聞を買って夜また届けるのです。

この集金の手間がなければ、半分小遣い稼ぎを兼ねた運動、半分遊びで終わってしまうかもしれません。 否応なく責任を背負わされることから、親としても、可哀想に思っても、心を鬼にして、集金に行かせるのでしょう。

前にもお伝えしたと思いますが、羽仁もと子は、聖書と新聞しか読まなかったそうですね。 そして、婦人之友を出し、自由学園をこしらえたのですが、彼女が戦前書いた文章は「羽仁もとこ著作集」として、絶えることのないロングセラーになっています。 その中の「家事家計篇」の教えや知恵は、今読んでも通用する、新鮮なアイディアと指針にあふれていると思います。 うちにも古い本が一冊ありますが、これは東京からロンドン、サレー、モントリオール、バンクーバーと、我々と共に旅して、今でも本棚に並んでいるのですが、今度引っ越すにあたり、生活の改革を試みなければならないので、そのうちまた本を広げてみようかと思っています。

先ほども申し上げましたように、この人が、聖書と新聞しか読まなかったということは、示唆に富む生き方だったように思えます。

私も目を悪くして最も痛いのは、新聞を読めなくなったことです。 私は、株価や会社の動向には興味がありませんが、ウォールストリートジャーナルは、毎日3本の面白いストーリーを一面に出し、その続きをページの中の方で読めるようになっています。 プロの文筆家の間でも文章が良いという定評で、私にでも辞書なしでほとんど読めるほどの読みやすさです。 しかもテーマが森羅万象をとらえて、名ジャーナリストのリズミカルな筆致で書かれているので、どれをとっても、興味深い話を仲間やサークルで披露することができます。 リタイアの身になってから、それが利用できなくなったのは皮肉なことです。

シゲより

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