Tuesday, February 20, 2007

二重国籍 (2007/02/19)

「カナダには年々20万人ぐらいの移民が入国してきているが」

「そして3年間無事に過ごして、簡単なテストを受ければ、割合容易にカナダ国籍を取得できる。 さらに85ドル払えば5年間有効の旅券が貰える」

「香港が中国に返還された時は、香港の人達が大挙してカナダにやってきたね。 そしてカナダの国籍をとると、再び香港に戻って行った。 ビジネスにはやはり香港の方がいいのだろうね。 若い中国系カナダ人の中には、『これでもう大丈夫』と喜ぶ声が聞かれた」

「しかしその中国も本来二重国籍を認めていない。 もし北京が厳しく目を光らせるようになったら大変だ」

「そういえば、昨年の夏、レバノンで戦乱が起こった時、カナダ国籍を持つレバノン人が4万人も居たから大変だった。 これらの人達は、カナダ国籍は持っているが、事実上レバノンに永住している人達。 従ってカナダには税金も納めないし、カナダに対する貢献度も少ない。 しかし一度頭上をミサイルが飛ぶようになると、カナダ人としての権利を行使する。 そして1万5千の人達がカナダの費用で脱出してきた。 一人当たり5千ドルはかかったそうだから、カナダの人達の中には眉をつり上げる人もいた」
 
「しかしカナダ国籍を取得しても、元の国籍をギブアップしないで、二重国籍のままでいる新市民も少なくないだろう。 ひょっとしたらかなりの人がそうかもしれない」

「三重国籍の人だって珍しくないんじゃないか」

「カナダの元首はイギリスのエリザベス女王だが、彼女もカナダの国籍を持っているのかな?」

「さあ、どうかな? しかしその女王のカナダにおける名代は総督だ。 その総督のミカエル・ジョンさんは、総督に内定した時点では、二重国籍だった。 ハイチ生まれの黒人女性だが、カナダに移住して育ち、結婚した相手がフランス人だったから、自動的にフランスの国籍もあわせ持つことになった。 総督になる直前にフランスの国籍は返上したようだが、何といってもカナダ国軍の総司令官なんだからね、問題にする人もいたようだ」

「ところが、次のカナダの総理大臣になると見られる自由党のディオン党首は、母親がフランス人だったから、生まれた時からフランスの国籍も持っている。 母親から引き継いだフランス国籍は母親の贈り物だから返上するつもりはないと言っている」

「以前保守党の党首候補に有力とみられていた人物も、アメリカとカナダの二重国籍だったことが表面に出て、出馬を取り止めたことがある。 あの頃は今と違って政治家の国籍にセンシティブだったのだなあ。 一方今度のディオンさんの場合は問題にする人が少ない。 年月が経てば、世論もそういうことに鷹揚になってきたのかな」

「お隣のアメリカも最近は二重国籍を容認するようになった。 日本でも民主党の中で二重国籍を認めようじゃないかと言う声が上がっていたが、その後どうなったかな」

「カナダの人口は3千万だが、国勢調査によると、55万人が二重国籍だそうだ。 三重国籍の人は4千人だが、これは自ら申告した人達。 本当はもっと多いのかもしれない。 カナダ人の二重国籍の半分はヨーロッパ系だが、うちイギリス系は9万人だ」

「一方、カナダ人で海外に住む人の数は270万人だ。 そのうちアメリカ在住が100万とみられている。 香港に住むのは25万だそうだ」

「カナダもグローバル社会だから、様々な人達が、それぞれの文化や衣裳をまとって、生きている。 それを坩堝と言わないで、個々の色を組合わせたモザイクと呼ぶのがカナダの特徴だ。 そのせいか街でみかける多様な人達も、それぞれ独特のターバンや民族衣裳で装っている。 そんなところをみると、新しい国に溶け込んで目立たないように振舞うよりは、自分のルーツを明らかにする生き方が、今のカナだのトレンドなのかもしれない」

「自分のアイデンティティをはっきり示そうとするのは結構だが、何世代も昔にヨーロッパからやってきて、今のカナダの社会と文化にドップリと浸ってきた人達にとってはどうだろう。 郷に入っては郷に従ってもらいたいのだろうが、カルチャーも血の構成もどんどん変わっていく時勢だ。 新しい皮袋を自分達で用意しなければいけないのかもしれない」 

(07/02/19)

Tuesday, February 06, 2007

結婚を保つために (2007/01/31)

イノさんへ

日本でも離婚率が上昇しているというお便りを頂戴しましたが、やはりそうですか。 こちらでは、2組に1組が離婚する社会ですから、私のまわりをみまわしても、離婚とまでは踏み切らなくても、離婚同様に夫婦関係が破綻しているケースが8割ぐらいになります。 その中には教会につながっている人達もいます。 北米の50%という離婚率は、まだ控えめな数字かもしれません。

離婚で一番打撃を受けるのは子供です。 しかし、「お仙泣かすな、馬肥やせ」という簡潔な名文で知られる城下町では、平成の世になって、母親宛ての短い手紙を募集しました。 その本を若い友人の上野正憲さんからいただいたのですが、最も印象に残ったのは、「お母さん、離婚賛成します。 今まで有難う。 もうこれ以上耐えないで」という身を切るような言葉でした。 戦前戦後を生き抜いてきた日本の多くの妻や母親の影が重なっているように思えました。 

かなり前にニューヨークタイムズが一ページ全面を当てて、日本のある老夫婦の生活を叙述していました。 日本の中央部で農業に従事する夫婦ですが、愛はなくても家庭は存在し得るというレポートでした。 黙って食膳に向かう夫は、結婚してから一度も妻の料理に「美味しい」と言ったことがないと伝えていました。 しかし昭和一桁生まれの私には「さもありなん」ととしか思えませんでした。 そんな感覚ですから平成の人から嫌われ、世の中から取り残されるのでしょう。 

F Dルーズベルトは政治家としては長期政権を実現しましたが、子育ての点ではむしろ落第だったとみられているようですね。 ジョン・レノンも平和とか愛をよくテーマにしますが、自分の子供には3年も会わなかった聞くと、崇高な理念と現実のギャップに戸惑いを感じます。

昭和の日本のエリートも滅多に自宅で夕食をしないようですね。 たまに家族と食卓を囲むと、座がしらけてしまうと聞きました。 日本にいた頃はやはり不在父親だった私は思わず身が竦む思いです。 子育ても妻が孤軍奮闘、シングルマザーと変わらない有様でした。 

アメリカやカナダの父親は子供とのインターアクションを重視しているようにみえますが、それでも量より質だと考えに傾いているようです。 普段子供と一緒に時間を過ごすことができなくても、デラックスなホリデーに連れていくことがそれを償って余りあると弁じます。 

では赤ん坊とどれだけ一緒に時間を過ごすかと訊かれると、一日15分とか20分と思い込んでいる父親達が多いようです。 しかし赤ん坊に自動記録装置をつけて調べたところ、実際に接触する時間は秒単位だということが分かったそうです。 

スペインのカトリック僧が始めたというのですが、マリッジエンカウンターという集まりが北米にもあります。 日本でも同じような試みが行われていると思います。 これは、危機的状態にある夫婦を対象とするものではなく、既に満足な関係にある夫婦が、ホテルや修道院、リトリートなどに集まって、他人や友達をまじえない、夫婦だけのプライベートな時間をもち、コミュニケーションの向上をはかろうというものです。 一度に数十人が集まるのですが、その後も5組ぐらいの夫婦がサークルになって、各家庭持ち回りで毎月集まります。 一組でも都合が悪い場合はその月はキャンセルになります。 

私共がカナダに住んでいる間そうした集まりに数回出席したことがあります。 バンクーバーやモントリオール、ボストンやサンフランシスコにも出かけました。 同じグループの中には、数回の離婚・結婚を経て、今の配偶者にめぐり合った夫婦もいました。 結婚というものは、よき配偶者に出会うまで、何回でも繰り返していいのだということを教わりました。 そういう人達の同情と理解に満ちた人柄に触れることができたのは、よき思い出となっています。

それでも、教会で親しくしていてマリッジエンカウンターにも関係していた夫婦が離婚した時はショックでした。 特にその奥さんが、教会員のみならず子供達の憧れの的となっていた女性だったので、そんな奥さんを捨てて昔のガールフレンドに走った夫の心境が今もってわかりません。

夫婦の仲は、脇からみただけでは分からないものですが、夫婦や家族の関係を維持していくためには、それなりの努力と学びが大事だということは理解できます。 それでもマリッジエンカウンターにも限度があることは覚えておく必要がありそうですね。

(07/01/31)