Wednesday, November 30, 2005

総選挙の火蓋(05-11-30)

イノさんへ

選挙戦スタートの号砲が鳴り、各政党がそれぞれの党首を先頭に走り出しました。

それにしてもクリスマスをはさんで8週間の選挙戦とは、近年、殆どの人が記憶に無いという珍事のようです。 マーティン首相も、「2月に『スキャンダル事件に関するゴメリー判事の報告』が出たら、30日以内に総選挙を実施すると約束していたのですから、何故野党もあと数週間待てなかったのかと思うのですが、野党の耳には聞こえぬ話だったのでしょう。 そして歴史を追いやる黒いダイナミズムが働いて、選良達も時期尚早とは思いながらも不信任投票に走ったのではないかと思います。

いずれにせよ1月23日に投票箱の蓋を開けてみたら、元の通り、自由党が、過半数に達しないまま、少数派政権の再登場となるだろうと、誰もが観ているのです。 むしろ井上さんの方が、オタワで渦中で翻弄される政治家よりも、遠くから距離を置いて観察しておられるだけに、正鵠を得た見方をしておられると思います。

現在のマーティン少数派内閣は、17ヶ月持ちこたえたましたが、1979年に不信任投票で敗れたクラーク進歩保守党政権の際は、9ヶ月の命でした。

仮に予想が外れて、ハーパー党首の率いる保守党が勝ったとしても、過半数は恐らく取れないでしょう。 そしてこれも少数派政権にとどまることになりましょう。

何故、自由党が勝っても保守党が勝っても、過半数を取ることが無理なのか。 それは、ケベックの情勢の為です。 フランス系市民の牙城であるケベック州では、独立の風が依然として吹いています。 現在の世論調査によると、75議席を保証されているケベック州では、次の1月23日の選挙では、60議席以上が、独立を目指すブロックケベコアによって占められるだろうという見通しです。 これが、ブロックケベコア以外の政党にとって、過半数実現のための大きな障害になっています。

天下の形勢は、大票田のオンタリオ州で決まりますが、ここは昔から自由党の金城湯池。 そこにオンタリオ出身のハーパー保守党党首が何処まで食い込めるか。 これが保守党政権実現の鍵となりましょう。

アルバータ州は、保守党の地盤。 ここで唯一の自由党議員として孤塁を守っているマクレラン副総理(女性)の運命は如何にというのも、関心の的です。

36議席を擁するブリティッシュコロンビア州は、自由党、保守党、新民主党が伯仲する三つ巴の戦場。 前回の選挙では、新民主党は2議席にとどまりましたが、今回は善戦が予想されます。

それにしても、今度の選挙は、これといった争点の無いのが特徴。 自由党が、マーティン首相の経済政策の実績を自画自賛すれば、ハーパー保守党党首は、一回の演説で、「CHANGE」という言葉を50回以上繰り返し、政権交替を切に訴えます。 

私は、これから数日の間、引越しで忙殺される見通しですし、それに、その間パソコンにも縁遠くなるかもしれません。 今度の選挙は56日と例外的な長期戦ですから、引越しが終わり、パソコンが再びコネクトされてからでも、井上さんにお伝えする話題は、何かと現われてくるのではないかと思います。

シゲより   (05-11-30)

Tuesday, November 29, 2005

選挙運動(05-11-28)

イノさんへ

今日夕方、11月28日、オタワの議会で、不信任投票が行われ、マーティン自由党政権が倒れました。 マーティン首相は、明日、総督官邸に赴き、総督に総辞職を伝え、議会解散の手続きをとります。 

次の選挙は、1月23日になるだろうとみられていますが、その間にクリスマスが入り、新年もあるので、通常の選挙よりは長い期間にわたって選挙運動が続くことになります。

こちらの選挙は、選挙カーた候補者の名前を連呼してまわるわけでもなく、いたって静かなものですが、それでも候補者自身や運動員たちが、戸別訪問をして、一軒一軒扉を叩いてまわります。 

夏の日和のいい時候ならいいのですが、真冬のさなか、凍った雪道を、すべらないように足を踏ん張りながら、ペンギンの如く、ペタペタと歩くのは、ご苦労さまなことです。

私どもも昔は地元の下院議員を知っていたので、サレーの、ポツンポツンと建つ住宅をまわって、「よろしく」と頼んだものです。 もっとも語り役は家内の担当。 私は、枯木も山の賑わいという次第で、ただついてまわっただけでした。 

そのMP(メンバーオブパーラメント)は、大学の英文学の先生でしたが、市長選挙に立候補して敗れたものの、その演説に感心した支持者達が、国会議員に担ぎ出し、何期がつとめて、10年ほど前にリタイアしました。 大学から大学院にかけてはアメリカで掃除夫をしながら苦学の道を歩んだ立派な人でしたが、我々がモントリオールに移ったので、疎遠になってしまいました。

今は、私どもも、政治活動には縁が無くなりましたが、我々の教会の人が、前回の選挙で当選しました。 今度はどうでしょうか。 若い弁護士ですが、あまり愛想がよくないので、人気が出るかなあと案じています。

シゲより   (05-11-28)

Friday, November 25, 2005

感謝祭のことなど(05-11-24)

イノさんへ

今日は、11月の第4木曜日ということで、アメリカでは感謝祭でした。 カナダでは、10月に感謝祭をやってしまうので、今日は何もありませんでした。

感謝祭というと、私にとってアメリカで最初の、そして最後となった、一回きりの感謝祭が思い出されます。 あれは1961年でしたが、コネティカットの旧家に招かれました。 前日からその家に泊めてもらったのですが、その広壮な厩舎つきの家は、どこからかパンを焼く匂いが漂ってくるかのような、鄙びた風格がありました。 

木曜日のお昼には、他の客も集まって、テーブルを囲むと、大きな七面鳥の丸焼きが出されました。 さながら、ノーマン ロックウェルの絵がそのまま現実となって展開されたような心地でした。 

昭和36年の日本は、既に相当豊かな社会になっていましたが、それでも、ニューイングランドの邸宅で、こんがりと飴色に焼けた七面鳥の丸焼きに接した時は、アメリカの豊潤な伝統の豊かさを覚えました。

翌々年の勤労感謝の日は、東京に居たのですが、ケネディ大統領がダラスで暗殺された直後でした。 新たに大統領となったリンドン ジョンソンが、「今年の感謝祭は特に感謝しなければならない」という声明を述べましたが、その言葉の裏には、深い神学的な意味があったのでしょう。 しかし表面的にしか読み取れない私には、その表現が奇異に感じられました。

私も74年の生涯を顧みて見ますと、感謝すべきことの実に多いことをさとらされます。 それなのに、どうしてこんな些細なことに腹が立つのかと、我がことながら奇妙に思われます。

ブッシュ大統領が感謝祭に合わせて、テキサスからイラクに飛び、バグダッドでの米兵達のテントに姿をみせたことがありましたが、その時は、僅か2時間半の滞在でした。 同じ日にヒラリー クリントンはアフガニスタンを訪れ、翌日バグダッドで10時間を過ごしています。 ブッシュの感謝祭の隠密飛行は何の為だったのかと思います。 

昨夜ニューヨークタイムスのコラムニストのインタビューを聴いたのですが、ブッシュは新聞を読まないようですね。 読めば、あんな実態と遊離したロジックを声高に唱えるのはおかしい。 どうもTVのニュースも見ないらしい。 カトリーナの惨状についても関心を示さなかったので、側近がTVニュースをDVDに編集して視聴を懇願したのだそうです。 安保闘争で日本が揺れたとき、「スポーツ新聞しか読まない」と豪語した岸首相を思い出しますね。 

JFケネディとも対照的です。 ケネディは若い頃新聞記者を志したこともあってか、記者に直接電話をかけてていたそうですね。 ケネディの女性関係は記者団の間では知られていたのでしょうが、それが表面化しなかったのは、記者の間で暗黙の了解があったのでしょう。

井上さんが、新聞は一番の読み物だと言っておられましたが、新聞も読まない大統領では困りますね。 NYタイムスのコラムニストによると、ブッシュは自分のまわりに遮音の壁をこさえ、直言出来ないイエスマンに囲まれているというのですが、ちょっと信じられませんね。 側近の書いた演説を暗記するのに忙しいのでしょうが、国内が混乱しているのに、アジアで、「民主主義を、人権を」と説教をしてみても、これもロジックの遊離としか受け取られないかもしれませんね。

間もなくクリスマスですが、カナダでは、来週あたり、自由党政府が、不信任投票で敗れ、クリスマスから新年にかけての選挙になりそうです。 何故野党は真冬の選挙を求めるのか。 戸別訪問でドアをノックしてまわる運動員達も、凍った雪道をペンギンのように歩きながら、「何故この時季に」と自問することでしょう。

シゲより    (05-11-24)

Tuesday, November 22, 2005

大場さんと進化論(05-11-22)

イノさんへ

ダーウィンの進化論に関連して、大場さんから次のようなメールが入りました。

* * * * *

Darwinの進化論について 米国人の認識は 意外でした。
Darwinの進化論は 情報理論の連続性に対比出来る。
音声スペクトラム帯域の 二倍の逆数の時間で 音声を標本化すると 音声は正しく復元されるが サンプリング数が少ないか 欠落すると 復元できない。
同様に Darwin説も 進化の包絡線の中で 人類への進化を説明しているが 数十億年のEvolutionの過程で 標本化の欠落が数箇所見られるので正しくない と言う説もある。
起源については Meteorの中に 原始微生物が含まれ これが地球で発展したとか、 ある分子混合状態で 落雷が発生すると 生命体が発生した とか言われている。

大場

= = = = = = = = = =

大場さんの言われていることは、私のような理系脱落人間には判りませんが、サイエンスに明るい人には、至極明瞭なことなのでしょう。

カナダでも、進化論と創造論については、同様な議論が行われていますが、宗教的空気の強いアメリカに比べて、世俗的で宗教心の希薄なカナダでは、あまり声高な主張は、どちらの側からもなされていないように思われます。

ところで、この前のバンクーバーの市長選挙ですが、サム サリバンが次点のジム グリーンを四千票あまり引き離して当選したものの、候補者の中に、ジェームズ グリーンという泡沫候補が名を連ねていました。 ジム グリーンとジェームズ グリーン。 事実上の同姓同名です。 まぎらわしいというよりも、何か謀略でもあるのではないかと、疑念も発せられています。 選挙民の中にも、「間違えて投票してしまった」と苦情を訴える声も出ているので、真相を調べることになるかもしれません。

シゲより   (05-11-22)

バンクーバーの選挙(05-11-21)

イノさんへ

この前、ヤードセールを行った日曜日、コミュニティセンターにセールのサインを貼りに行ったら、ちょうど選挙が行われていました。 市長や市会議員、教育委員の選挙です。

日曜日は、ブリティッシュコロンビア州の各地で、それぞれの自治体の選挙が行われたのですが、バンクーバー市もその一つだったわけです。

バンクーバーの過去3年間の市長は、警察官、検死官の経歴をもつ庶民的なラリー・キャンベル氏だったのですが、3年前の選挙の際は、対立候補が、エール大、カリフォルニア大バークレー校出身のエリート女性で市政のベテラン。 それを破って当選したのでした。 麻薬問題に正面から取り組み、麻薬患者に理解と同情をみせるアプローチを試み、論議を呼んだのですが、僅か一期だけで、再選は望まないと言明した時は、人気の高い市長だっただけに、惜しまれたのでした。

さて、日曜日の選挙で、次のバンクーバー市長に選ばれたのは、車椅子の市会議員、サム・サリバン氏、46才でした。 対立候補は、キャンベル前市長と同じ系列の、これまたベテラン政治家だったのですが、市民は童顔の車椅子の身体障害者を選んだのでした。 サリバン氏は19才の時、スキー事故で、下半身の自由を失っています。 

バンクーバーは、世界で、最も身体障害者に親切な都市だそうです。 そう言えば、車椅子の人をよく見かけます。 バスも、車椅子を載せる装置のついたものが多く、運転手も停留所で、バスから降りて、気軽に車椅子を車内に乗せています。 

車椅子に乗った若い男性でも威張ったもので、家内が座席にすわっていると、「ホラ、あそこにお年寄りが立っているよ。 席を譲って上げなさい」と口出しします。 その白髪まじりのご婦人の方が案外家内より若いのかもしれないのに、黒髪の70才の東洋人に向かって「席を譲ってやれ」とは恐れ入ります。 家内も郷に入っては郷に従えと、直ぐ立ち上がりました。

電車の駅も、プラットフォームには必ずエレベーターがありますし、歩道の端も段を削って滑らかにしてあります。 まあこの程度は他の都市でも行っていることでしょうが、とにかくバンクーバーには、バリアフリーというのか、建物の出入りもスムースに出来る所が多いです。 そういう所のトイレも、一際大きなサイズになっているのが普通です。 

車椅子は大抵電動ですから、歩く人のスピードより速く、「そこのけ、そこのけ、おいらが通る」と、前から後から迫ってきます。

バンクーバーは、ニューヨークからみれば村に過ぎないでしょうが、それでも一応北米の有力都市。 そこの市長ともなれば激職でしょう。 動きの不自由な人でも大丈夫なのかなというのが、私の時代遅れの疑問です。 しかしバンクーバーの市民は、そんな因循な感覚ではないのですね。 身体障害者を堂々と選出したのですから。

バンクーバー市の選挙で目についたのは、どの候補者も看板に、ローマ字の名前と並んで、漢字の当て字を書いてあることです。 私は、最初、こんなに大勢の中国系が立候補しているのかと、一瞬思った程でした。 しかし、その傍らに出ている顔写真をよくみると白人です。

バンクーバーの人口は、近郊を除いて、市内だけに限ると、50万です。 そのうち、半分が中国系だと言われます。 なるほど、中国系の票を取る必要があるのですね。 ですからサリバンも「蘇利文」です。

しかもサリバン氏の謳い文句は、中国語が話せるということです。 なかなか流暢なものです。 これには中国系の人達もグッと参るでしょうね。 それに、今は、インドのパンジャブ語を特訓中だというのですから、脱帽です。 

身障者で、少数民族の言葉も学ぶ。 そういう人なら、弱い者の立場に立って、市政も行ってくれることでしょう。 東京の知事とはまた一味違う感覚で、低い視点から、市民の暮らしを考えてくれるのではないかと思うのです。

シゲより   (05-11-21)

ヤードセール(05-11-20)

イノさんへ

2通のメールを頂戴し、有難うございました。 中国の売春婦については、その実態に驚きました。

引越しが後2週間後に迫ってきたので、その準備と整理に追われるようになりました。

昨日は、11月のバンクーバーにしては珍しく晴れという予想だったので、急遽サインを用意して、昨日の朝からお昼過ぎまで、ヤードセールを行いました。 普通はガレージセールと称するのですが、うちにはガレージが無く、前庭を使ってのセールですから、ヤードセールとオレンジ色の大きな紙20枚に、黒々と太く書いて、この辺の方々の角に立てました。

土曜日というのに、朝8時過ぎから、そのサインを見て、客がやって来始め、午前中は、大勢の冷やかし客で賑わいました。

こちらは、ガラクタを整理するのが狙いですから、衣料品や自転車、エレクトロニックスも捨て値でさばき、大きなアームチェアも重くて持て余していたので、ピックアップトラックでやってきた人に3脚、無償で進呈しました。 「貧しい身体障害者の家族を知っているからその人達に上げることができる」と喜んで持っていきました。

こういうヤードセールというか、ガレージセールには、プロの古物商がまず朝早くやってきて、めぼしいものを引き取っていきます。 素人のバーゲンハンターも、午前中に集中的にやってきます。 そして午後3時になると、ピタッと客足が止まりました。

そして、今日は、次男のカリフォルニア行きの送別会を、近くのコミュニティセンターを借りて、行いました。 今日は日曜日。 お昼までは、教会があったので、午後3時からということにして、幼児歓迎と案内したところ、50人ばかりの人が来てくれました。

昨日のヤードセール、今日の送別会と、非活動的な私には、二つもイベントが続き、それも知らない人達が相手だったので、くたびれました。
といっても、主役は息子で、私はほとんど何もしなかったも同然なんですが。 

リタイアして9年。 すっかりソーシャルスキルが錆付いてきました。 もともと人に会うのは苦手だったのですが、私のような境遇を幽々自擲と言うのだそうですね。 

シゲより   (05-11-20)

Thursday, November 17, 2005

ケベックの動き(05-11-16)

イノさんへ

私の視力のことで恐縮ですが、教えていただいてから、ブルーベリーのジャムをグルジアヨーグルトにまぜて食べています。 そのほか、人参が良いというので、これは子供の頃から苦手の野菜なんですが、柔らかく煮て、咽喉に押し込んでいます。

そのほかに、鍼を、今、週3回打っているのですが、そういうこともあってか、鏡をのぞくと、自分の顔の皺が多いことがよくわかるようになりました。 

しかし、コンピューターを見詰めていると、やはり疲れるのか、やがてボヤーッとなってきます。 

そこで、このメールも、今夜は、実験として、16ポイントで打ってみて、それを発信する際に、普通のサイズに戻してみようと思います。

私の痔は、子供の時はかなりてこずったのですが、大学生の時に、伊豆の慶應病院の分院だった温泉宿で手術してもらってから、すっかり完治して忘れてしまい、こればかりはラッキーでした。

ところで、先日のイノさんのメールでご指摘のあった通り、カナダの政局は波乱含みでして、その辺のところも少しレポートすべきなんですが、サボっています。

波乱というのは、今の自由党政権が、下院で過半数に達しない少数与党ですから、三つの野党が結束すれば、明日にでも不信任となり、倒れてしまいます。 しかし三つの野党というのが、右派の保守党、左派の新民主党、カナダから分離して独立を目指すブロックケベコアという、同床異夢の間柄ですから、小異を捨てて大同につくという大義名分がどうもすっきりしません。 

これら野党は、自由党憎しの執念では一致していますが、今不信任を決議すれば、クリスマスか正月に総選挙ということになります。 それは幾らなんでも国民の希望に反することで、もし強行すれば、国民がどんな審判をくだすか、クェスチョンマークです。 

それでも、少人数の新民主党にしてみれば、どっちに転んでも政権には縁が無いのですから、揺さぶりをかけています。 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。 野合と言われようが、知ったことか。 

しかし自由党政権を倒しても、現時点の世論調査によると、また同じ自由党のマイノリティ政権がカムバックすることになりそうです。 それでは何のための倒閣か。 そういうわけでこのところオタワの政情もサスペンスに満ちています。

そして、昨日、ケベック州では、独立を目指す政党パルティケベコアが、新たな党首を選出しました。 これが、ホモで、前の州政府の閣僚だった時にもコカインを服用していたという異色の人物。 それでもこのアンドレ ボアクレアに投票した党員が過半数だったというのですから、同性愛も麻薬も吹っ飛んでしまった文句なしの勝利でした。

今のケベック州の政権は、ジャン シャレ州首相の自由党州政府ですが、人心が離れており、パルティケベコアが次の選挙で政権に復帰する公算は大です。 

もしその勢いを駆って独立へ突進すれば、ケベックは北米のアイルランド共和国という恰好になりかねません。

パルティケベコアも、党員が増えて、6万から14万になったと豪語していますが、750万の州民の総意は一体奈辺にあるのでしょうか。 そのうち300万は、英語系住民とアロフォン、つまり英仏系以外の背景を持つ人達です。 それに、少数で数の上では問題にはならないものの、カナダインディアンやイヌイットの人達の政治的存在は、大きな影を投げかけます。 州民投票で、過半数の結論が出たとしても、こうした先住民族の意思を無視することは出来ないでしょう。 50%プラス1票の重みで、絶対多数のオールマイティが通るかどうか。

たしかにイノさんの仰るように、一波乱も二波乱もありうることですね。 カナダ統一の泰平の夢が破れて、夢遊病者の如く崖っぷちに向かって歩むのでなければいいのですが。

シゲより   (05-11-16)

Monday, November 14, 2005

返事(05-11-14)

昨夜ご帰国になって、すぐお便りをたまわり、まことに有難うございました。

強烈な中国のトイレの印象、今更の如く、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」(創元選書)の名文を思い出しました。

厠というのは、文明文化の象徴ですから、皆さん切実な思い出が多々あることでしょう。

いつか、「散歩の達人」という雑誌が、トイレ特集を行っていましたが、それによると目黒の雅叙園のトイレが豪華で清潔だとにリポートしてありました。 私は雅叙園に行ったことは無いのですが、どんな所なのでしょうか。

京都の加茂川のほとりの大野屋旅館のトイレの床はガラス張りになっていて、下が池の延長にっており、魚が泳いでいたかどうか、その辺の記憶はあやふやとなってしまいました。 50年前のことですから。 まだどこもしゃがむ形式の時代でした。  

あの頃でも、丸の内の昔の三菱仲何号館という戦前からのオフィスビルのトイレは腰掛け式でしたね。

そして、戦後大分経ってから、特二の車輌のトイレが腰掛式になったのが、時代の移り変わりをうかがわせるものでした。

公団住宅もかなり前から腰掛式になっていたのではありませんか。

私どもも、先だって、ようやくウォッシュレットを買ったのですが、これは断然日本の方が進んでいますね。 我々が買ったのも日本製です。 しかし取り付けようとしていたところへ、家主から帰国の連絡があったので、そのまま箱に入っていて、未だに利用していません。 引っ越した先のアパートで使えるようだったら、試してみたいと思っています。

日本で初めてトイレを使う外人は、トイレにはいったまま40分は出てこないそうですね。 そして出てきてから30分は深い内省の面持ちで沈黙を守り、その経験を他人に分け与えようとしないそうです。

1990年にパリに行った時、オペアをしていたうちの娘の部屋は召使専用の狭い螺旋式の階段をコツコツ歩いて上がった6階にありましたが、その階の共同便所は、丸い穴があるだけでした。 

その高級アパルトマンの表の玄関のエレベーターは2人乗ればば満員という大きさ。 その頃でしたか、パリで、旧式な鳥篭みたいなエレベーターのギーッガチャンという音に悲鳴をあげた日本の女の子に、老婦人が、「あんた達知らないだろうけれども、これはアサンスールと言う乗り物でね」と一席講釈、アジアからの蛮人娘に教えのたもうたそうです。

私も、モスクワやカルカッタの空港のトイレでは、一瞬躊躇しましたが、息をしないまま用を足しました。 まだソビエト連邦の時代でした。 カルカッタの空港に夜着陸する時は、滑走路の両脇の誘導路の灯りが、松明のように炎で燃えているのが見えましたが、1962年でした。 今頃そんな昔噺をすると、笑われるだけでしょう。 しかし昔も今も切実な自然の要求です。

中国の文明開化も、そのうちトイレに順番がまわってくるでしょうが、何時の日でしょうか。

(05-11-14)

Wednesday, November 02, 2005

小売業の難しさ(05-10-31)

イノさんへ

本郷の「かねやす」の由来をつぶさにお教えいただき、たいへん有難うございました。 時代は移り変わり、徳川三百年の治世もとっくに終わったというのに、一介の小間物店が、十二代の暖簾を守りつづけ、今も現存しているというのは、奇跡に近い美談のように思えます。

お忙しい中を、わざわざ故事をお調べいただいたことに驚嘆しております。 しかしこうした伝承に親しむことは嬉しいことです。 日本は、地球儀の上でこそ大きな国ではありませんが、歴史は多彩で、掘り下げの深い国。 庶民の強靭な生命力が、ひっそりと、しかし頑固に残っていることは、喜ばしいことです。

100円ショップなどもそうした強靭な生命力を示すものと解していましたが、日本では曲がり角にさしかかっているとのこと。 意外でした。 

カナダの小売店も、昔ながらのメインストリートに面した旧式の店舗が、一軒ずつ店を構えている所が、小都市ではかなり残っています。 家賃は大体月1,000カナダドルとのこと。 これが、モールに入ると、5~6,000ドルに跳ね上がり、またデパートも同居するような巨大なモールになると12,000ドルぐらいするそうです。

こうしたモールは、集客力はありますが、営業時間が、モールによって規制されるので、店によっては、店員を必要のない時間でも拘束しなければならず、オウンビジネスでも、店主が勝手に店を閉じて帰るというわけにもいかず、はたから見るほど、スムースな商売でもなさそうです。

カナダに来た時、バンクーバーにあったウッドワーズという由緒あるデパートが、「返品、喜んでお受けします。 Cheerfully refunded」というモットーを宣伝していたので、驚いたのですが、結局閉業してしまいました。 その後はホームレスの住み着く所となって、社会問題となり、未だ解決していません。 

カナダの草分け的な名門デパート、イートンも、全国の店を閉じてしまいましたが、トロントで買った品物をバンクーバーの支店に持っていっても、返品が効くというので、そうした話を聞いた時は、カナダの小売業は残酷物語だなあと思いました。

今でも、コスコ CostCo は、無条件で返品を受け付けますが、Future Shop も返品のポリシーが寛大なことで知られており、こうした大型量販店がどうやって利益をあげ、業績を拡大していけるのか不思議です。 

一方、カナダの建国の歴史よりも長い実績を誇る ハドソンズ ベイ カンパニーが、アメリカ資本の手によって押さえられそうだというので話題になっています。 アメリカの投資家は、不振の百貨店業よりも、その不動産価値に目をつけているのではないかと言われていますが、カナダの大型店もアメリカ資本の前には風前の灯火です。

バンクーバーは、11月から本格的な雨のシーズンとなりました。

シゲより   (05-10-31)

スキャンダル調査報告(05-11-01)

イノさんへ

1995年の秋、ケベックがカナダから分離独立するか否かという問題を巡って州民投票が行われる直前のことです。 英語圏カナダから有志が多数バスや飛行機、鉄道でモントリオールにやって来ました。 そしてモントリオールの公園で空前のラリーが繰り広げられました。 群衆のどよめきの中で、今迄見たこともないような何十畳敷という大きな赤い楓の国旗が拡がると、いやが上にも興奮は高まりました。

投票の結果は、紙一重の差で独立が否決され、カナダの分裂は免れたのでした。 あれから丁度10年。 まだあの時の興奮が冷め遣らないのですが、もし今投票が繰り返されたとしたら、独立に賛成する票が52%に達するだろうと言われています。

10年前、カナダの統一が危殆に瀕した時、カナダという一枚岩の連邦体制に信を置かないケベック人か多いからだという反省から、当時のクレチアン首相は、カナダあってのケベックだということを認識させるために、様々な行事を企画して、3億カナダドルを投じることにしました。

その意図は良しとしても、その資金のかなりの部分が、与党自由党に近いケベックの広告代理店の扱いとなり、その一部が自由党のケベック支部に還流するという不祥事が発覚。 それを知ったケベック州民は激昂しました。 そして逆に独立志向に油が注がれることになったのは皮肉な結果でした。

その実態を調べ上げるために、マーティン首相は、ゴメリ判事に依頼し、調査が始まったのは2年前。 多数の関係者の証言は、事実は小説よりも奇なりを地で行く展開となり、ケベックにおけるテレビの中継は登場する次々に登場する関係者の奇々怪々な成り行きに高い視聴率となりました。 調査の結果は来年2月に発表される予定ですが、マーティン首相はその発表を待って、総選挙を行うことを約束しています。 

しかし今日11月1日、実は、その中間報告が公表されたのです。 これでスキャンダルの筋書きは大体見えたとあって、全国民の耳目を集める話題となりました。

ゴメリ判事の中間報告は、人差し指を、自由党ケベック支部の領袖、オタワの少数の官僚、モントリオールの自由党寄りの広告代理店に向けており、その中にはクレチアン前首相の名もあるのですから、燎原の火はまさに点火されたばかりです。 

勿論、クレチアン前首相は、国の統一のために身を賭して行った崇高な愛国的行為を、スキャンダルにすり替えられ、あたかも自分にもその責任が一部あるかの如く扱われ、烈火の如く、怒り心頭に発しています。

そしてクレチアン氏と袂を分かって内閣を飛び出したライバルのマーティン首相が、ゴメリ判事によって、この問題に関する限り「白」の判定を受けたことも、我慢のならぬところでしょう。

マーティン氏はクレチアン内閣の財務相でしたから、国民も野党も、マーティン無罪論にはくみすることが出来ないと息巻いています。 ゴメリ報告は、財務相の役目は財政の構築、金の使途については別な閣僚や官僚の責任としていますが、血の気の多い学生や野党首脳には通用しない解釈です。 今直ぐマーティン退陣を要求。 ということはクリスマスに選挙をということでしょうか。 自由党は今のところ、どの野党よりも支持率が高いのですから、勇ましい議論をしてみても、どの程度現実性があるのか、私には判りません。

もともと政治に疎い私は、英語フランス語も不得手。 記事を読む時は、一語一語でなく、一文字一文字追っていくのです。 明日時間のある時に、よく見えない目をこすってみますが、蝸牛の様な読み方でどの程度掴めるものでしょうか。

シゲより   (05-11-01)