Thursday, October 12, 2006

移民三代の流れ (2006/10/11)

イノさんへ

今日は WILL 遺言をこしらえてきました。 公証人の所で、2時間ばかりかかって、7年前にこしらえた遺言を新しく書き直してもらいました。 料金は1人分120ドルプラス税金で135ドル。 この中には、州政府に遺言を登録する費用も含まれていると思います。

コンピューターの専門家に我が家に来てもらって、出張修理を頼むと、50ドルから60ドル。 たとえ1分で故障が直っても最低料金は動きません。 水道屋や電気屋は、来るだけで75ドル。 こうした手に技術をもつ職人さんはパワーエリートですす。 水道の栓を直したり、ちょっと金槌で棚を打ちつけることを億劫がらない日曜大工は、よその奥さん達の間で人気が出ます。 日曜大工のエリートビジネスマンも、自宅ではムッツリ新聞を読んでいても、よその奥さんから声がかかればイソイソ。愛想よく腰が軽くなるでしょう。 医者で日曜大工を趣味にする先生も結構多いと聞きました。 不器用な怠け者は、何事にも職人を頼まなければならず、いつまでたってもPOORです。

私に出来るのは、精々芝刈りぐらいですが、70になったのを機にフッツリ止めました。 あれは体力のいる仕事です。 前にもお伝えしましたが、私が30年以上前に移住してきた頃は、日本人のステレオタイプというと「ガーデナー」。 たしかに芝刈りは技能がいらないし、英語を使わなくても構わないですからね。 というわけで、私もほかの日本人の奥さんから「お宅もガーデナー? それともフィッシャーマン?」と訊かれたものです。

韓国からの移住者は、コンビニエンスストアをもっと原始的にした照明の暗いグロサリーで、一日16時間働いて、子供を大学院に行かせます。 中国人というと洗濯屋。 日本人は漁師かガーデナーと相場が定まっていました。 しかしそれは3昔も前のこと。 モントリオールに10年脱出して、再びバンクーバーに戻ってきたら、様子が変わっていました。 香港からの裕福な金持ちの庭を刈っているのは、彫りの深い鼻骨の高い白人や褐色の人達でした。 

一世の親が、グローサリーの店番をして、ホールドアップにあったり、タクシーの運転で馴れない無線に苦労しながら育てた二世は、奨学金をもらってアイビーリーグでPhD。 エンジニアやアカウンタントになって、実社会のエリートになるのですが、三世になると 「売り据えと唐様で書く三代目」。 お金に反撥して、芸術家に転向するパターンが目立つのも、北米のアジア系若者の流れと、TVドキュメンタリーは伝えていました。 四世になると何処へ行くのでしょうか。

(06/10/11)

Wednesday, October 04, 2006

伊豆の温泉病院 (2006/10/04)

P大兄

伊豆への旅行談、私も楽しく拝読しました。 私は伊豆にはあまり土地勘がないのですが、日本から「ぶらり途中下車の旅」というテレビ番組を送ってもらうので、その中に箱根から東海道、伊豆の方まで、タレントの旅人が案内してくれる旅も時々あり、少しは伊豆の海岸にも馴染むことができます。

伊豆の修善寺からバスで暫く行った所に、昔慶應病院の分院がありました。 川の中の古い温泉宿で、そこに一夏1週間ばかり入院して居たことがあります。 50年以上前のことになりますが、そこは痔の専門でした。 修善寺の駅からバスに乗った乗客の殆んどが、その温泉宿の停留所に着くと、皆降りるので、ちょっと驚きました。 みんな同じ手術を受ける人達でした。 

私は子供の頃から痔で悩んでいたので、慶應病院でこの温泉分院のことを聞き、早速夏休みを利用して出かけました。 院長先生は、患者をまとめてバッタバッタと次々に切っていくのですが、その後温泉に入ると実に心地よいのです。 傷口も直ぐ回復。 おまけに浴場は混浴で、男性が殆んどでしたが、時々若い女性の豊かな胸も拝むことが出来る。 慶應の先生が「日本一」と言われるだけあって、手術をしてから55年間、お尻に関する限り苦労知らずで過ごしました。

しかし残念なことに、そのバス停から狭い橋を渡って行く川中島の分院、台風で流されてしまったそうです。 川端康成の一篇を彷彿させる風情のある古宿だったのですが。 九州大学にも温泉医学研究所があるようですが、温泉が楽しめるのは、日本とアイスランドぐらいでしょうか。 カナダも、バンフに大きな露天風呂がありますが、雪に囲まれ、ロッキーの山を眺めながら温泉に浸かるのも一興です。 しかし湯の町エレジーの情緒にはまったくありません。 温泉に関する限り、カナダは未開国です。 開発の余地はあると思うのですが。

ではどうかお元気で。      (06/10/04)

信じられぬ悲劇 (2006/10/03)

イノさんへ

ペンシルべニアのアーミッシュの村の小学校でおきた事件には驚き、言うべき言葉を知りJません。  日本のメディアでも詳しく報道されたことと思いますが、こちらのニュースで見る限り、犯罪学者も心理学者も「スピーチレス」という状態で、評論家の分析もまだ聞こえません。

アーミッシュといえば、自動車などの文明の利器は一切排して、素朴な生活に徹し、何よりも信仰を篤く守る信心深い人達と聞いています。 写真も撮らないので、犠牲となった子供達の姿も残っておらず、脳裏に刻まれたイメージだけが頼りだというのですから、遺族の心境は私には想像もつきません。

ただこちらのテレビなどのメディアには、アーミッシュのコミュニティの様子は全然あらわれません。 勿論誰もインタビューに応じないのでしょう。 犯行は憎んでも、犯人については既に許しているのかもしれません。 「謙虚」と「許し」、それがアーミッシュの人達の信条のようです。 犠牲になった女の子の殆んどを取り上げた村の産婆さんは、例外的にインタビューに答えて、「イエスキリストが自分の罪を許してくれたように、自分も許さなくてはならないと思うし、許すことができる筈だ」と語っていました。

一方、犯人も、テレビの写真で見る限り極悪人の形相ではありませんね。 普段は静かで、教会にも通い、事件の当日は、奥さんが、教会の祈祷会に出て、学校に通う子供達の為に祈っていたというのですから、謎はますます深まるばかりです。

6才から13才までの女の子を黒板の前に立たせ、足を縛って殺したと聞きましたが、17年前にモントリオール大学で起こった大量殺人事件の時も、犯人のマルク・ラピンは、14人の女性を教室の床に伏せさせ、次々に銃で殺していったのでした。 しかも犯人ラピンの母親は、モントリオールの教会で礼拝しており、犯人が誰か判らない段階で、「犯人の母親の為に祈った」というのですから、悲劇も凡人の理解をこえて一層複雑になりました。

不思議なことに、私が見た限りのアメリカのニュースでは、「銃砲の取締りを」と言う声はひと言も聞かれませんでした。 カナダのニュースでは、か細い声でそういう意見も出されましたが、ハーパー首相は、銃砲登録にも反対で、その撤廃を唱えているのですから、カナダも今の保守政権のもとではあまり期待はできそうにありません。      (06/10/03)