Monday, June 13, 2005

ケベックの仏語(00-1)

メール拝見。 そうですか。マイクロソフトにゲームのフランス語版を出せとケベック州政府がかみついたということが日本の新聞に出ていましたか。 マイクロソフトだけではありません。 任天堂もやられています。 「フランス語版のポケモンができていないのに、英語版だけ先に売り出すことはまかりならぬ」というわけです。 なにしろカナダはラーメンを店に並べるにしても、英語とフランス語の両方で印刷したものでなければなりません。 英語とフランス語の翻訳だけでも重要なインダストリーです。私が、愛するモントリオールを脱出する羽目に追いこまれたのは、フランス語ができなかったからです。モントリオール島は、長さ50キロの細長い川中島でして、東半分がフランス語、西半分が英語ということになっています。 しかし、西側の英語人がどんどん脱出したので、西側にもかなりフランス語系の人たちが住むようになりました。 私が3年前モントリオールを離れた時は、西側の売家と買い手の割合が27対1。 それも売家の看板が出ている場合で、実態は50対1だったかもしれません。フランス語に関しては唖で聾で盲の私は、フランス語テレビのシネマテックでうろうろしていたのですが、勤め先でフランス語の個人レッスンをうけました。 NHKのOBに、60過ぎての手習いの悲哀を話したら、「NHKなら切り捨て掃き捨てですよ。さすがカナダ」と叱咤される始末。 先生にそっと「CBCが幾ら払っているのか」と訊いたら、新車が買えるほどの金額。 会計検査院から税金の無駄遣いとして叱られるのではないかと、首をすくめました。 そうした親方楓の親心にもかかわらず、やがて行なわれたフランス語の試験に落第したのでした。ケベックでは、1975年、独立をめざすケベック党が最初の政権についた時、フランス語化の革命がおこりました。 ケベックは、英仏のバイリンガルではありません。 フランス語だけが公用語。ケベック党州政府は、独得の言語ポリスをつかって、違反を摘発しています。 英語人だけを相手にする店でも、看板や名刺はフランス語でないと罰金。 病院も以前は英語とフランス語が併存していたのですが、英語系の病院にも「英語の表示はまかりならぬ」というお達しが出るにいたって、私もついにこれまでと、観念したのでした。ところで、ケベックのフランス語ですが、ケベック語とでもいうべきでしょう。 フランス人でも分からないというのですから。 しかし「今は学校で国際フランス語を教えていますから、立派なフランス語ですよ」と、若いインテリは強調します。 モントリオールの女性が英語系の夫とパリに旅行した際、「あちらの人は私の言うことは聞こうとしないで、主人のたどたどしいフランス語なら聞くの」と、なかば憤慨していました。 フランスからカナダに移住した婦人に、「本場のフランス語だから尊敬されるでしょう。私の故郷の鹿児島でも東京の標準語を話す人には一目おくし、中国でも北京官話を話す人は上座に坐らせるそうですから」と言ったら、「いいえ、私が話すと、相手は怒って英語で答えるんです」と言うのには驚きました。 モントリオールからアフリカのセネガルに転勤した日本人から、「こちらの人は正統派のフランス語を話すので分かりやすい。モントリオールでは分からなくて困りました」という手紙をもらいましたが、セネガル人も、「自分たちはパリのフランス人よりもいいフランス語を話すのだ」と胸をはっていました。ケベックの独立運動は、ケベック党政権が今も相変わらず笛を吹いているのですが、州民の中には踊らない人が増えてきて、下火になっています。 ブシャール州首相は、元進歩保守党連邦政権の閣僚。 その前は友人のマウルーニー首相に引きたてられて駐仏大使。 数年毎に政党を変えるといわれています。 パリのカナダ大使館に勤めていたアメリカ人の若い女性と再婚。 その奥さんは現在弁護士をめざして勉強中ですが、いずれカリフォルニアに帰って、芸能界の弁護士になるのだろうと言われています。 ケベック独立運動のチャンピオン、ブシャールさんもいずれ奥さんと一緒にカリフォルニアに移ることを考えているのでしょうか。

BBCの新会長(00-1)

BBCがラジオ放送を開始したのは1922年。 78年前のことです。 そしてワールドサービスの国際放送、アラビア語の放送が始まったのは1938年。 1953年にはエリザベス女王の戴冠式があり、それを機にテレビジョン時代が始まりました。 しかし1955年には英国におけるBBCの独占も終りをつげ、民間放送ITVとの競争が始まりました。 そして2000年を迎えた今、BBCは次第に減少する視聴者と、コストの増大で、苦戦を強いられています。 メインのテレビジョンチャンネル、BBC1は過去10年間に、シェアが39%から28.3%に下がってきました。 またサッカーやクリケットなど人気のスポーツ番組も、コストが高くなるにつれ、民放にその放送権を奪われています。 しかもBBCの収入源である、視聴者からの視聴料(license fee、 1世帯あたり101ポンド、\17,300)の徴収についても抵抗があります。 ラジオ、テレビジョンからインターネットやデジタル・テレビジョンまで戦略をひろげようとするのはわかるが、それをなぜ視聴者が負担しなければならないのかという批判です。BBCは、英国内で5つのラジオ放送網、2系統のテレビジョン放送網をもち、ほかに43ヵ国語による国際放送ワールドサービス、また世界中に1億5000万の視聴者をもつBBCワールドテレビジョン、そしてインターネットのウェブサイトをもっています。 収入の21億5000万ポンドは視聴料で、あとは外務省がワールドサービスに1億6200万ポンドを交付、そして番組の輸出などの営業収入が7900万ポンドというところが財源です。BBCを批判する人たちは、BBCはドラマやドキュメンタリーなど他の局ではできないエリート番組の制作に徹すべきだと主張。 しかしそれではBBCがますます孤立し、高年者の視聴者だけになってしまうのではないかとBBCでは懸念しています。1月29日には新らしい会長(Director General)として民放出身のGreg Dyke氏が就任しますが、今までの体制派的エリート会長と違い、庶民的な肌触りで、新風を吹き込むのではないかと期待されています。 現会長のSir John Birtは、経営コンサルタントのファンで、経費の節減を浸透させ、長い会議とリポートが得意でした。 しかし23000人の職員の間では官僚的なメンタリティがはびこるようになり、風通しが悪くなったともいわれています。 ざっくばらんなダイク新会長のもとでは、会議もリポートも少なくなり、そのページ数も薄くなるものと思われます。 リポートをA4判1ページにまとめられないようでは、新会長には読んでもらえないだろうと、ダイク氏を知る人たちは言います。しかしダイク氏に反対する声がないわけではありません。ルーパト・マードック氏所有のザ・タイムズは、ダイク氏が労働党に5万ポンド献金したことを理由に反対しています。 保守党のヘイグ党首も、労働党寄りのダイク氏は中立であるべきBBCの首脳として失格だと攻撃しています。ダイク新会長としては、海外の巨大化するメディアの動きに目をくばりながら、荒海に突入した巨艦BBCの舵をとり、新しいチャンネルの資金を確保し、視聴者の減少を食い止めなければなりません。 民放首脳は「BBCの "あれもやりたい、これもやりたい" というのは欲張り症候群。 フォーカスをしぼるべきだ」とけんせいしています。  (Source: WSJ)

柔道と礼儀(00-1)

カナダの柔道の道場で、青い目の青少年たちが、道場に入る時、嘉納治五郎先生の写真に向かって一礼し、それからおもむろに練習を始める姿は、日本人からみるとまことに好ましいものです。 柔道六段のトレバーレゲット元BBC日本語部長が「ヨーロッパの柔道の方が日本の柔道よりもっと精神的に純粋。ちょうど日本のキリスト教がヨーロッパのキリスト教より純粋なのと同じようなものだ」と言っていました。しかし礼節を重んじるはずの日本人が、柔道の礼節は人権侵害と抗議。 郷に入っては郷を従えさせようというのか、柔道のルールの変更を求めています。米国シアトル近郊に住むジミー アキヤマ(15)とレイラニ(12)兄妹は、カナダのブリティッシュコロンビア柔道連盟を人権委員会に提訴することにしました。 理由は、1996年11月BC州アボッツフォードで行なわれた柔道のトーナメントで頭をさげて礼をすることを拒否したため失格とされたことを不服としたもの。 国際柔道連盟では、試合の前後に、お互いに頭をさげて礼を交わすことを求めています。 なお兄妹は柔道の全米チャンピオンです。  母親のアキヤママリコさんは、1994年子供たちと米国に移住するまでは、神道の信奉者でしたが、今は無宗教。 「子供がマットにお辞儀をさせられるのには反対」と、エチケットを拒否。 一家はBCの柔道から辞儀の免除を求めて2月7日BC州人権委員会に提訴しますが、米国でも同様な訴えを起こしています。 BC柔道連盟としては、「礼は宗教ではない。 相手を尊敬するのは柔道の本質だ」という立場をとっています。 国際柔道連盟の規則に反すれば制裁を受ける恐れがあり、全国大会や国際レベルの試合も開けなくなり、訓練のための限られた予算も弁護士の費用に流れるとあって、この提訴に困惑しています。宗教を理由にスポーツのルール変更を求めたのは、この日本人家族だけではありません。 ターバンと髭のシーク教徒も、安全を理由に髭を禁じているボクシングは違法と、裁判所に訴え、勝訴しています。 最近の世論調査によると、カナダ人は、将来の物質的生活の便宜はよくなるだろうが、伝統的な家族関係は衰え、人間関係も悪化し、お互いに無礼になり、車の運転をめぐるいさかいもますます増えるだろうと、悲観的です。 店で買物をして「サンキュー」というのはたいてい客の方。 「威張っている店員に不愉快な思いをするよりは、インターネットでお買物をどうぞ」というのが、最近のE-commerceのうたい文句です。                                      (Source: Province) 

移住制度(00-1)

カナダへの移住手続きについてご紹介してみましょう。 家族が既に永住しているとか、カナダで企業家として投資し、あるいは自営業として活動する目的のビジネス移住の場合は簡単ですが、ここでは一般的な個人移住のケースをみてみましょう。 スポンサーや多額の資金がなくても、技能や経験があり、カナダの社会ですぐ役立てる人なら、個人移住の申請ができます。 詳しくは、http://cicnet.ci.gc.ca/english/index.html をご覧ください。移住審査はポイント制で、人種や国による差別はありません。 70点とれれば合格です。 あとは健康診断をパスすればよいのです。まず年齢ですが、21歳から44歳までなら10点。 それ以上だったり、若すぎたりすると減点されます。学歴は、大学卒が15点。 大学院終了は16点。 高校卒は10点。語学力は、英語かフランス語で、読み書き会話がそれぞれ満点であれば15点。 目安としては、面接で質問に答えられれば会話能力は満点とみられます。職種ですが、アナウンサーなら15点。 コンピューターハードウェア技術者は17点。 コンピュータープログラマー15点。 コンピューターオペレーター5点。 デスクトップパブリッシングオペレーター7点。 通訳15点。 ジャーナリスト15点。 作家1点。 エディター7点。 フィルムエディター15点。 フィルムテレビラジオプロデューサー15点。 司書18点。 翻訳家18点等々。 なお職種が政府のGeneral Occupations Listにない場合は0点ですが、雇用の保証があれば10点もらえます。  適応性は審査官の面接採点によりますが、普通5~7点です。さらに企業家、投資家の場合は45点、自営業者の場合は30点のボーナスポイント。 自営とは、経済、文化、芸術面で個人的に貢献できる人。 芸術家、スポーツ選手、作家、音楽家など経済的に自立できる人はみなSelf-Employedです。申請に必要な用紙は,〒107 東京都港区赤坂7-3-38 カナダ大使館査証部 Tel: 03-3403-9176 に申し込めば郵送してくれます。 2ヶ月くらいかかるかもしれません。 必要な書類は: パスポートサイズの写真4枚。 申請料金は、大人500ドル、子供100ドル。 有効旅券。 出生証明。 結婚証明。 戸籍抄本(謄本)。 卒業証明。 自分の職業資格証明。 無犯罪証明(3ヵ月みこんでおいた方がいい)。 残高証明。 職歴証明。 雇用が決まっている場合はその証明。 いずれも英語またはフランス語の証明付きコピーが必要。 こうした書類を郵送後、約2ヵ月でで、何らかの通知がきます。 面接日の通知と健康診断の用紙が郵送されてきたら、健康診断をうけます。 普通面接後2ヵ月ぐらいでビザが発行されますが、ビザ取得までの期間は6ヵ月から1年以上かかるとみておいたほうがよさそうです。移住者の入国税は大人が975ドル。 子供は無料。 永住権がとれたら、1年のうち183日はカナダに居住しなければ、永住権を失うことがあります。 移住して3年たつと市民権がとれます。 移住者は選挙権がないだけで、そのほかの権利についてはカナダ国民と全く同じです。 (Source:  タウンページ、 ダイヤルバンクーバー)

象牙鍵盤(00-1)

カナダとアメリカの5千キロの国境はほぼ一直線。 数キロごとに検問所があり、「国籍は?目的は?滞在日数は?」と訊かれ、時には旅券を、そして荷物をみせなければなりません。 アメリカ側の国境はカナダからの不法入国に厳戒態勢をとっているので、アラブ系でフランス語の訛りがあったりするとたいへん。 訛りは関所の手形だといわれますが、イギリスアクセントでも油を絞られることがあるので、南へ向かう国境は車の渋滞がつづきます。 きびしい点ではカナダ側も同じで、古典的楽器も入国拒否の理由になります。 最近ナイアガラの国境で、アメリカからのピアノが税関で拒否されました。正確には1827年製のフォルテピアノですが、鍵盤に象牙が使ってあります。 この楽器をトロントのCBCのグレングールド スタジオに持ちこんで録音しようとしたのは、ベルギーのラジオプロデユーサーでピアニストのUvinさんと、ロスアンゼルスのカリフォルニア大学のBeghin教授。 しかし税関では英国製フォルテピアノの象牙の鍵盤をみるなり、国際法の附則に違反すると通関を拒否。 そこで二人はカナダの野生動植物保護局に特例をはかってもらうよう訴え、そのフォルテピアノの所有主であるコーネル大学や関係官庁にも電話で連絡。 CBCの弁護士も陳情に動いたのですが、野生動植物保護局は、規則一点張り。 二人はやむなく時価370万円のフォルテピアノを国境近くのモテルに預けたまま、トロントに向かいました。 税関のスポークスマンは、「非は保護局の官僚主義にあり」と、責任を押し付けます。 一方保護局の方では「もし二人が適切な書類を揃えて申請すれば数日で許可を出したのに」という説明。 実はもう1台ウィーン製の19世紀フォルテピアノがあったのですが、この方は材料が骨だったため通関ができました。 こうして一応予定の半分は録音できたのですが、プロデューサーと教授は、カナダの遵法精神に深く印象づけられたものの、途方にくれた表情をしていたそうです。

長い話(00-1)

東京大学の蓮實総長の入学式式辞が長くて難解だったことが、話題になっているようですね。 終戦直後は南原繁先生の式辞が新聞に掲載されて、子供心にも東大の学長の演説は大事なニュースなんだなと感心したものです。 その後大河内一男先生でしたか、「肥った豚と痩せたソクラテス」という名句が話題になったように思いますし、「ただ酒を飲むな」というプラクティカルな教え、あれも東大学長の実践訓だったでしょうか。 怪しい記憶なので自信はないのですが。しかし今の新聞界も、日本の公務員として最高の給与をとる東大の総長の式辞は、時代の行く手を示す灯明として、注目しているのでしょうね。しかし、50分も中味の濃い話を、聞き慣れない言い回しで聴いたら疲れるでしょうね。 私自身も長話の方で、「10分ばかリ話を」と言われて40分もダラダラと続けるのですが、他の人と違って内容がなく、たわ言ばかりなので顰蹙を買っています。日本一の難関を突破した高卒の俊秀は、100分授業で鍛えているので、50分の話など長いと感じなかったのでしょうが、父兄や留学生の中には戸惑った人がいたかもしれません。 何回も腕時計をのぞいたりして。しかしひょっとしたら、秀才の中には、受験科目以外の書物には目くれず、ひたすら効率のよい勉強に専念してきた素直な学生もいて、カルチャーショックを受けたかもしれません。 果たして何人の人が、式辞の内容を覚えているでしょうか。 まさか居眠りをするような豪傑はいなかったのでしょうね。なにかどこかで、最近ある落語家が、眠っている客に気がついて、怒って追い出したそうじゃありませんか。 詳しい事情は知りませんが、その話だけ単純にきくと、自分の芸の拙さは棚に上げておいて、怒るとは、思い上がりも甚だしい、情けない芸人もいるものだと呆れました。 本当の芸達者なら、仕事で疲労困憊している客の眠りを吹き飛ばすような面白い話をしてみせるのが真骨頂じゃないですか。 昔の芝居の客は、舞台の演技に背を向けて弁当を食ったそうですね。 それを舞台に向かわせるのが役者の力だったのでしょう。 こちらでたまに日本の音楽会のシーンをテレビでみることがありますが、みると、舞台に近い席で眠っている人がいる。 「これがききしにまさる日本の猛烈社員の過労死寸前の姿か」と、外人の眼には映るのかもしれません。ふり返って、モントリオールから行なっていた日本語放送ですが、昔のエレベーターで下に降りる時河童に尻の穴を抜かれるような感じを思い出して、気分がよくありません。 短波放送のリスナーは、ヘッドフォンをかけてインテンシブに聴いて下さる有難いお客様。 それなのに、ラジオ評論家からは「へそのない番組」と指摘され、リスナーからは「聴くのが苦痛」という率直な批判を受けたこともあります。 新聞記事の分かる所だけを翻訳し、泥臭い口調で読み上げる。 それを聴いて頭に残った人が果たしていたのだろうかと忸怩たる思いです。さて、私も蓮實先生の式辞を読んでみました。 なるほど難解です。 難解な言説で有名なフランスの哲学者フーコーの議論を、オーストラリア人が難解な英文で解説し、それをさらに京都大学の学究が翻訳した力作を思い浮かべました。しかし、蓮實先生は、その前の卒業式ではもっと分かりやすく話をしておられます。 大学院の卒業式の告辞にいたっては、フランス文学者のエスプリが光って面白いのです。私の通った学校は象牙の塔には程遠い雰囲気でしたが、英語流にいえば一応 socially acceptable。学士院会員や文化勲章をもらった先生はいませんでしたが、学生は頭より人柄のいい若者達が大勢いました。 先生が「ここは花婿学校だよ」と言うのをきいて、言い得て妙と思いました。 入学式や卒業式でも、蓮實先生のように学生の知性に挑む話は聴かなかったように思います。 聴いたのかもしれませんが、私には理解できなかったのでしょう。アメリカやカナダでも卒業式はあるのですが、私のみた限り、卒業生は次の人生行路への歩みに気をとられて、行事には冷淡な学生もいました。 卒業式で演説をするのは、卒業生の代表のバレディクトリアン(総代)と名誉博士号をうけるゲストの名士の二人だけでした。 総長はスピーカーを紹介し、卒業生一人一人に証書を手渡すだけ。 ある日系人女子学生は、自分がグレート・ディスティンクション、つまり首席で卒業できたことを掲示板で確認すると、卒業式は欠席しました。 別な日系人女子学生は、卒業式には出ないつもりでロンドンに行き働き始めたのですが、大学から「バレディクトリアンとして演説するように」とに電話があったので、仕事を途中で切り上げカナダに帰ってきて数分話しました。 こちらの大学では、首席の人が必ずしもバレディクトリアンに指名されるとは限らず、勉強以外の要素、つまり部活や社交性、将来性を勘案して選ぶようです。 ある日系男子学生の場合も、成績は一番ではなく、二番手のマグナクムラウドだったのですが、クラスを終えて既にカリフォルニアで実習していたところをマサチューセッツの大学院に呼び戻され、バレディクトリアンとしてスピーチしました。 30年前、日本でのセールスマン稼業をやめBBCの日本語部に雇われた時、アメリカ人の知人が、「12才の子供に話すつもりで喋りなさいよ。 ルーズベルトの炉辺談話。 あれも実にやさしい話だったからね」とアドバイスしてくれました。 「ルーズベルトのファイヤプレースのラジオトークは有名なので、何度もやったような印象があるけれども、実際に行われた回数はきわめて少ないんだよ。 それだけ彼の炉辺談話のインパクトは大きかったわけだ」という話でした。カナダでNHKの短波を聴いていた時に、日本の政治学者としてトップの先生が話しておられました。 しかし先生の口調は実に退屈なのです。 一緒に聴いていた人が、「あれだけつまらなく話そうと思ったら、かなり努力が必要だね」と呟きました。 しかしその先生の話は、教会の小さなサークルでも伺ったことがあるのです。 静かな奥行きの深いお人柄で、一言一言が含蓄に富み、たいへん印象深い一夜でした。聖書のイエス・キリストの話も、譬え話ばかりで分かりやすいのでが、弟子達の教えになると難しくなり、神学者の解説はさらに難解ですね。前にも書いたことがありますが、やはり日本からの短波放送を、途中から聴いていたところ、神主の祝詞が流れてきました。 いや、祝詞だと思ったのです。 ところがアナウンサーは、「只今のは鈴木善幸総理大臣の国会答弁でした」と締め括ったので驚きました。 しかしあれでなければ日本の政治家として大成しないのでは、とも考えました。また、短波で洒脱な会話が聞こえてくるので、落語家のインタビューかと早合点したところ、八幡製鉄の稲山天皇の談話でした。さすが若い頃から父親に連れられて、東京の花柳界で遊ばれただけあって、粋な話術だと、感服しました。小渕総理の話はまだラジオで聴いたことはないのですが、早大弁論部詩吟部のOBときいて、期待しています。 ただ村松増美先生でしたか、「小渕さんの日本語は翻訳不可能!」と嘆かれたという噂をきいて、それが神話であればよいがと願っています。小渕総理も電話魔で自ら外部の人に直接かけられるそうですが、好感がもてます。 ケネディ大統領も直接新聞記者に電話をかけていたとか。 ケネディの没後30有余年、ぼつぼつ毀誉褒貶の見直しが行われていますが、こちらのメディアはいまだにケネディの神話を繰り返し取り上げているところをみると、1000日のケネディ時代は戦後最大の華麗な花火だったのでしょう。 私もその頃暫くアメリカにいたのですが、優秀な学生が、「ケネディは6ヶ月でアイゼンハワーの8年間よりも多くのことを成し遂げた」と喜んでいました。 大学の先生も「今日はケネディの演説がある」とラジオのスイッチを入れ、終わると「彼は演説がうまいなあ!」と感心するのをみて、(日本で池田総理の演説に耳を傾けるインテリがいるだろうか)と考えました。 イギリスにいた間、ヒヤリングの苦手な私にも分かりやすかったのが政治家の発言でした。 毎年予算が発表されると、大蔵大臣がBBCのラジオを通じて国民に語り掛けます。 それが実に平易明快。 幼児にも分かるように話しますから、耳の悪い私でもその時だけ英語が上達したような錯覚を覚えました。大臣はその省きってのスポークスマンでなければなりません。アメリカのビジネス・スクールの中には、MBA取得の条件として、卒業前に英語のテストを行う大学があります。 留学生ならともかく、生まれた時から英語を使っているアメリカ人が今更何故と思うのですが、経営者としてコミュニケーションのスキルが大事なのでしょう。日本の科学者が書いた日本語の文献を見せられた時、お恥ずかしいことですが、何が主語で何が述語か分かりませんでした。 またイギリスの外交官が日本の外務省の口上書をもってきて、訳してほしいと言われた時も、花婿学校程度の学力では歯が立ちませんでした。小泉信三が書いていましたが、噺家のいわく、「あっしらは話を刈りこもうとするが、学者の先生方は何もかも言おうとして詰め込まれる」と。葬式で弔辞を述べた方が、色々な思い出を限られた時間に詰め込んで話そうとされたため、聴いている者には、LPレコードをSPの回転で回していたような印象が残りました。BBCラジオの「レター・フロム・アメリカ」は正味13分半。 毎週半世紀にわたってアレステア・クックが目の見えない人のために絵画を描くつもりで話していますが、イギリス人は、毎週土曜日の午後6時15分になると、ラジオの前にすわり耳を傾けます。 ワールド・サービスの短波でも世界中に流していますから、インド人の友人も毎週その時間になるとラジオの前にすわるのだと言っていました。 アレステア・クックは、ニューヨークのBBCで録音するのですが、スタジオに入る2時間前までは、何について話すか決めていないそうです。 しかし、あるリスナーから「よくあれだけの話を即興で話せるものだ」という手紙をもらった時は、ケンブリッジとエールで演劇を勉強したアレステア・クックも驚いたと、笑っていました。私がいた頃のBBC日本語部員の一人当たりのトークの時間は9分。 今思えば長過ぎた感じですが、海外放送の場合、日本語を喋る人が少ないのですから、多くの人に短い時間でバラエティをもたすのは難しいという事情もあります。CBCにはアレステア・クックのような独り語りの名人はいませんから、現在ストレート・トークの時間の限度は2分半。 昔はもっと長かったのですが、だんだん短くなってきました。テキサスで大きく伸びている教会の牧師は、説教の時間が16分。 それが成長のキー・ファクターかどうかは知りませんが、ニューズウィーク誌はそれとなく暗示していました。蓮實先生の式辞も、50分でなく16分だったら、分かりやすかった代わりに、新聞も取り上げなかったかもしれませんね。

バンクーバーの番付(00-1)

バンクーバーは冬の間雨ばかり。 進化論が本当なら、指の間に水掻きができそう。 たまにちょっと雪が降れば、市街地は麻痺状態。 雷が轟けば停電。 東と北に山が迫り、西は海、南はアメリカと「どちらを向いても行き止まり。まるでアルカトラズの牢獄じゃないか」という人もいますが、住んでみればまことに快適な牢獄です。 そのバンクーバーが、今年は世界の218の都市の中で最もバランスのとれた快適な町だと、リタイアメントと国際リロケーションを専門とするコンサルタントが選びました。 もっとも、チューリッヒ、ベルン、ウィーンと並んでですが。 理由は、安全で犯罪も少ない。(泥棒はいるのですが) それに健康的な環境で、水もきれい。 交通機関も学校もまあまあ。 意外なのは「政治的に安定している」という評価。 過去3人の州首相がスキャンダルで辞任に追い込まれたのに? しかし平和運動のデモも小競り合い程度で、テロリストの騒ぎもないからでしょう。日本から作家のグループが訪れたとき、地元の日系人が「バンクーバーがよい所だなんて書かないでください」と頼みました。 それにもかかわらず林真理子さんが「バンクーバーよいとこ」と書いたので、当の日系人は「約束違反だ」とブツブツ。 しかしエコノミスト誌も昨年はバンクーバーをクォリティ・ライフの点で世界一と書き、北米トラベル記者協会も1998年に「ザ・ベスト・デスティネーション」として選んだのですから、バンクーバーライトたちも以って瞑すべきでしょう。 (2000/01/13)

シングルマザー(00-1)

カナダの人口は3千万。 その中の1千万が団塊の世代です。 つまり1947年から1966年までの間に生まれたベビーブームの人たち。 中でも戦後すぐに生まれた人たちは、既に50歳代。 この最初のグループが65歳になるのは2011年です。 2030年までには、3人に1人が高齢者になる勘定。 そうした社会の変化のなかで、気遣われるのは、シングルマザーの境遇です。 離婚した女性や未婚の母が年老いてきた場合、子育ては終わっても、経済的環境が一層きびしくなっていくことが考えられます。 政府も社会もまだ答ができていません。 現在カナダで生活に困窮している人たちの中で、最も多いのが夫に死に別れた未亡人のグループ。 しかしこれからは、未亡人よりも離婚した独身女性の割合がさらに大きくなることでしょう。 年代別の離婚率をみると、ベビーブーマーが他の世代を大きく引き離しています。 1917年から26年までに生まれた人たちの間では1%。 1927年から36年までのグループは6%。 1937年から46年までは10%。 そして1947年から61年までのベビーブーマーは14%。 しかしこの14%という数字は実情とはかけ離れています。 というのは、ベビーブーマーの世代では、結婚をしないで内縁関係のまま共同生活をしているカップルが多く、そのブレークアップは、法的に結婚していた場合よりもはるかに多いのです。 それがこの統計にはあらわれていません。 こうした内縁関係のブレークアップは、子供がまだ幼い時期におこりやすく、子供に与える影響も深刻です。 シングルマザーの場合は親子の関係も緊密になるという指摘もありますが、子供が大きくなれば希薄になりがち。 ということは、その子供たちが成人しても、シングルマザーを精神的に経済的に助けることはあまり期待できません。 親としても、経済的に苦労している子供を助けてやれないことがつらいところです。 ベビーブーマーの親の世代は、経済的に比較的恵まれていますが、ベビーブーマーでも結婚がつづいている家庭では、成人した子供を経済的に助けてやる余裕があるようです。政府や社会も、今までは、家庭のブレークアップに注目しても、子供の福祉に重点をおいて政策を考えてきましたが、これからは、シングルマザーの将来をみきわめて、その苦境を軽減し、女性の職場進出を促す環境をととのえ、セーフティネットワークを整備していくことが課題となりましょう。 (2001/01/12)

アメリカの物価(00-1)

アメリカの物価は日本にくらべて高いか低いか。 1999年下半期の値段が新聞に出ていましたので、ご参考までにご紹介してみましょう。 1ドル100円と考えるのはラフ過ぎる計算かもしれませんが、このドル建て数字に100をかければ、大体の日本円での比較ができると思います。「住宅」 セントルイスの最も平均的な住宅。 $108.800。(つまり1100万円という所ですか)「マクドナルドのビッグマック」 $2.00。 (220円?)「プロによる納税申告書の作成」 $84.57。「入院費」 2人部屋での1日あたりのコスト。医師の治療費は別。 $2,364。「映画館」 夜の封切館での大人の切符。 $6.50。「大学の学費」 1年間州立大学に学ぶ場合の、賄いつき学費。 $10,852。「葬式」 墓のコストは別で $5,020。「出産」 病院でのコスト。 医師の費用は別。 $4,831。           (WSJ) (Jan. 00)

何処まで続くこのブーム(00-1)

1991年3月に始まって既に107ヵ月を経た北米経済のブーム。 どうしてこんなに長く繁栄が続くのか。 「みんな頭を掻いているんですよ」と言うのは、ブラインダー前連邦準備制度理事会(FRB)副議長。 グリーンスパンFRB議長の絶妙な手綱捌きは「Aプラス、いやAプラスプラスだ」と米国の官民は絶賛しています。 米国の一歩後を歩むカナダもおかげで好況。 しかしブームには必ず終があるのですから、「もうはまだなり。まだはもうなり」のタイミングはいつかと、株価の動きを見守っています。十七世紀のチューリップの球根は、今でいえばインターネット株でした。 珍種のチューリップのバルブに対する投機が高まり、オランダの居酒屋で先物取引が生まれ、外国からの投機資金が流入すると、バルブ1個で家一軒買えるほどの高値まで高騰。 しかし先物のデリバリーができなくなってバルブのバブルは崩壊したのでした。1920年代は電気が普及し、大都市には摩天楼が続々と建ち始め、GMやRCAの株がウォール街の寵児。 技術革新が経済のダイナミックスを変え、株価は8年間に6倍近く上昇。1929年8月ウォールストリートの株式市場は空前の高値をきわめました。 その頃バーナードバルックは靴磨きが株の予想を話しているのをきき、靴磨きまで株をいじるようになってはと、オフィスに戻るやいなや証券ブローカーに電話して、自分の持ち株を全部売り払うよう指示しました。 それから2ヶ月後天井は崩壊し大恐慌が襲来。 株式市場が1929年のレベルに回復するのに40年の歳月がかかりました。1929年をピークとしたニューヨークのダウ平均の山と谷のグラフは、東京の1990年の大発会を境にした日経株価指数の山と谷によく似ています。 1989年の大納会の日経指数は38915.9、10年前の492%になっていました。 それが3ヵ月以内に23%下落。 それで訂正安は終わったものと思われたのですが、1992年8月にはピーク時の63%下落。 そして1998年10月には12880。 1999年末は18934.3と回復したものの、10年前にくらべ半分以下にとどまりました。 当時のアナリストたちも、今振り返ってみれば明白だが、渦中にいてはわからなかった」と告白しています。 この日経指数の歴史から学び取るものはないかと、米国の投資家はグラフを見つめています。FRBが金利を上げはじめてから半年になりますが、まだまだ年半ばまでは上昇が続きそうです。 普通金利のインパクトが経済に影響を与えるのに数ヵ月はかかるものですが、今までのところまだその兆候がみられないのも今回のブームの特徴です。 金利の上昇は本来「これから景気が悪くなりますよ」と消費者に警戒警報を与えるはずのものですが、消費者にはだその警報を聞こえないのか、反応しようとはしません。 金利が上がれば株を売って有利な債券に乗り換えそうなものですが、株はますます上昇しています。 金利にセンシティブなはずの住宅産業も、一連の利上げの影響はまだ軽微で、大きな新築住宅がよく売れていま/す。民間企業の資金調達に占める銀行融資の割合も、25年前の38%から27%に減ってきています。 既に9年続いたブームで企業の自己資本も充実し、融資を受けた分の金利も利益が高いので無理なく吸収できる余裕があります。 住宅ローンも30年の固定金利は8%ですが、短期だともっと安くなり、消費者も平均して7年ごとに家を買い換えるのが普通ですから、金利の引き上げは住宅セールスにさほど響いていません。 自動車もメーカーが独自の低利ローンをオッファーするので、記録的売上が続いています。投資家も経営者も消費者もグリーンスパン議長の手腕でインフレーションが抑えられるものと信頼しているので、景気後退になるようなことはなく、さらに繁栄が続くものと考えています。 FRBが手綱を引き締めれば引き締めるほど今のところブームが続くという意外な現象となっています。 60年代や70年代には、金利の引き上げは失業と景気後退を意味しましたが、今はむしろ雇用と収入の安定をもたらすものと受け止めているようです。 市場がFRBのブレーキに畏れをいだくようになるためには、もっと深くペダルを踏みこむ必要がありましょう。      (Source: WSJ)

景気はどうなる(00-1)

クリスマス直後のバーゲンセールは、カナダ中のモールに、朝まだ暗いうちから行列ができるほどの盛況でした。店の方でも「こんな繁盛は10年ぶりのこと」と驚いていたほど。各銀行の調査部も「今の経済の実態は10年前よりはよくなっている。 90年代は戦後最大の不景気で、生活水準も低下したが、ようやく80年代の水準にもどってきた」と報告しています。現在はインフレも2.3%平均で落ち着き、慢性赤字だった連邦政府の財政も出血がストップ。輸出も順調で、特に米国向け自動車やハイテクが好調です。失業率の6.9%は18年来の低水準。株価はこの1年で30%上昇しました。下げつづけた天然資源もようやくここへきて好転の兆し。住宅の高騰と株価の上昇で、市民の資産もこの10年間で70%アップしました。 昨年夏の経済成長率は4.7%でしたが、これからの1~2年は3~4%台が期待できそうです。米国はカナダの輸出市場の80%を占めていますが、その景気は天馬空を行く勢い。 現在の経済成長率は5.5%で、安全圏といわれる3%の線を超えています。 失業率も4.1%で30年来の低さ。この人手不足は賃上げにつながり、インフレを招く恐れがあります。 また株式市場の高値も、インターネット関連のペーパー・プロフィットを追う投機的要素が大きいと、アナリストたちはバブルを警戒しています。 もし米国が金利を上げ、過熱に急ブレーキをかければ、ソフト・ランディングならぬハード・ランディングとなり、カナダもつまずくことは必定。 そうなるとリセッションの再来になりかねないと、エコノミストたちは金利と失業率とインフレの行方をにらみながら手放しの楽観説をいましめています。(Jan. 00)

インターネットの目覚め(99-12)

私がインターネットに引き合わされたのは今から4年前。NHKからRCIに出向していた英語アナウンサー花田恵吉さんに手ほどきを受けました。Netscape One が店頭に出た頃でした。しかし日本語はまだ判読できず、英語で読める情報も、日本大使館の執務時間のお知らせぐらい。その頃既にリアルオーディオもありましたが、音質が悪く、短波放送を長距離電話で聴いているような感じで、私も間もなくインターネットから遠ざかってしまいました。 その後兎が昼寝をしている間に、亀さんはずっと追い越して行ってしまいました。今は世界中に数千万の website があるようですが、私は先ず yomiuri から開き、そこから他の全国紙、New York Times などをブラウズしています。貴兄から地方紙のURLを教えていただいたので、早速故郷鹿児島の新聞のサイトを訪れました。おかげでまた一つ舞台がひろがりました。 30年前、40年前は、日本にいて仕事のアイディアや方向を求める時、ニューヨークの情報を拾い、「TIME」を読んでいればよかったのですが、今では逆に、海外から日本を見つめる必要があると思うようになってきました。 インターネットの世界で使われる言葉は、85%が英語で、2番目がドイツ語、3番目が日本語だそうですが、ドイツ語がフランス語よりも広く使われているとは意外でした。日本語も健闘していますが、まだ国際共通語とは言えません。 日本のことを知るためには、外国人に日本語を勉強してもらえばいいのですが、馬を水辺まで連れてくることはできても、水を飲ませるのはまた別。それよりは、我々が英語と格闘する方が早道と、なかば諦めの心情です。 しかし外人でも立派な日本語を話す人がいます。関西学院で教えていたカナダ人教授が「演習は原典購読を主体としておりまして」と格調の高い話し方をするのを聞いて驚きました。  私の英語は六才の幼児にも劣るもので、国辱ものですから、なるべく英語は喋らないことにしています。ですからますます下手になる悪循環です。私の英語が何故下手かということを日本語のできるドイツ人の言語学者が診たてていわく、「あなたの場合、日本語の思考が impede している。あなたの英語は文人の英語です」と。文人の英語とはうまいこと言うなと思いましたが、そう言われればなるほど「左様然らば御免候え」的英語を使って人に笑われています。 インターネットは世界に向けて発信するのですから、一つ一つのセンテンスを短くして、翻訳しやすいようにしてくれれば助かります。ダイヤモンドの石山賢吉の文章は、「。」の多い、短いものでしたから、経済の知識のない者にもやさしく読めました。ラジオに関係していて教えられたことは、「いくら立派な内容であっても、ながら族に分からないようなものでは意味がない」ということです。昔西田幾太郎の著作を翻訳していた上智大学のドイツ人神父が、どうしても分からないところがある。そこで京都の西田先生のお宅にうかがって教えを乞うたところ、西田先生、手をこまねいて、「さあ、何を言わんとしたのでしょうかなあ。私にも分かりません」と言われたとのこと。西田哲学のような深遠な哲理をインターネットで流すことは稀でしょうが、できれば少年講談的平易さが望まれます。 カナダで日本文化に興味を持っている人達は、特に「ibari 」「ijime」「amae」「tatemae」「honne」という言葉に fascinate されるようです。もう一つは「secretiveness 」。そういえば日本人の中には自分の母親が病気であることをかくす人もいます。プライバシーの問題と考えているのでしょう。福田恒存さんが国際文化会館での講演で、「この前ちょっと事故がありまして」と言われましたが、こちらの人ならあっさり「父が亡くなったものですから」と言うところでしょう。私も自分の出た学校の同窓会に顔を出さない方ですが、私の RCI での女性同僚も自己紹介の際、出身校は「えへへ」ですませました。 こちらでは、集会の場で自発的に「私の妻は他の男と逃げた」と告白する人がいます。私はそういう場面に3回居合わせました。初対面の人に「うちの子はこびとでして」とか、「息子は今刑務所に入っていて」と言われて、何故会ったばかりの日本人にそういうことを明かすのだろうと不思議に思いました。心が透明なのです。 アメリカのテレビで読売新聞の特派員がインタビューされていました。英語の上手な人でしたが、インタビューする人の目を全然見ないのです。明後日の方を見ているのです。その点は自分と同じ典型的日本人だなと思いました。しかし、こちらの人は変に思ったでしょう。私もよく相手の顔を見ないと批判されます。しかし私の若い頃は、就職の面接の場合でも試験官の目を見るな、ネクタイの結び目を見よ、と教えられたものです。日本のテレビ番組を見ていると、キャスターとゲストはお互いに目と目をみつめません。テーブルの上のメモをみながら時々チラッと相手の顔を見る程度。日本人同志ならこれでもいいのですが、外国人には、番組の前後のお辞儀と同様、東洋的異国情緒を覚えることでしょう。 ドイツ人は理由なく微笑むなと育てるのだ、とあるドイツ人が言っていました。日本人は顔で笑って心で泣くのが得意。ただでさえ日本人は仏像の様なスマイルで inscrutable だと言われますが、外国人に日本人の真情を勉強してもらうほかありません。 その文化の理解に、時間と空間を超えて、影響力を発揮するのがインターネットでしょう。たとえ日本人の能面のような表情が気になっても、インターネットなら、アイディアと言葉が主体ですから、そういう impediment も中和されます。そして何より「honne」が出やすくなると思います。内向的な人もインターネットなら eloquent に "honne" をきかせてくれるでしょう。外国人も日本人の透明な "honne"をききたいのだと思います。

カナダの生活費(99-12)

カナダ人は、一家の生活費にいくらかけているか。 統計局が最近発表した数字は1997年の調査をもとにしたもので、速報とはいえないのですが、過去数年インフレもあまり問題ないことだし、一応ご参考までに紹介してみたいと思います。 カナダドルの1ドルは約70円。 この数字に七掛けしていただければ、日本円の感覚で比較できると思います。カナダの平均的な家庭の生活費は、税込みで50,000ドル、350万円。富裕家庭は100,000ドル、700万円。貧困家庭で16,000ドル、120万円。 支出の中で一番多いのは税金ですが、それでも所得税は年々減税の傾向にあり、その分だけ医療費や教育費は増えていきます。 所得税や社会保険費、年金拠出、寄付などの支出は、中流で16,000ドル。富裕階級で 38,000ドル。貧困家庭で 1,200ドル。 税金以外の項目で支出が多いのが、住居費、交通費、食費。食費は、中流、富裕が、それぞれ収入の 10%程度をあてているのに対し、貧困家庭では 20%。 住居費は、それぞれの食費の2倍程度かかっています。 交通費は、10%から15%。税金がやや高い州は、オンタリオ、ケベック、ブリティッシュコロンビア。低いのは、大西洋沿岸諸州。中間は、アルバータ、サスカチュワン、マニトバの平原州。生活費も、カナダ全体の中流は 50,000ドルとはいうものの、オンタリオの平均は、56,000ドル、ニュウファウンドランドでは、39,000ドルと、地域によって異なります。また、統計にあらわれた貯蓄率がゼロということは、カナダ人は、将来のことをくよくよ考えない、ということなのでしょうか。カナダ人は、宵越しの銭は持たぬさっぱりした江戸っ子とは、ちょっと気風が違う様に思うのですが。          (Dec, 99)

BBCとURL(99-12)

BBCが、カナダの老人グループに、「ドメインネームを明渡せ。さもなければ…」と要求をつきつけています。 BC州ビクトリアのホビーグループ、Big Blue & Cousins は、高齢者のコンピューター同好会ですが、「bbc.org」のURLを1995年から使っています。 ところが先月、突然BBCからきつい文言の手紙を受け取りました。 「BBC.comとまぎらわしいから、bbc.orgの使用を21日以内にとりやめるように。さもなければ告訴する」という脅かしです。万事に中庸を重んずるはずのBBCが、そんな高飛車な態度にでるとは、ちょっと意外ですが、恐らく精神年齢の若若しい弁護士が手紙を書いたのでしょう。 カナダでも、司法省の若手女性弁護士が、スイス政府に、「マウルーニー前首相の犯罪に関して」という穏やかならぬ手紙を送ったことが発覚し、自由党政府がマウルーニー氏に全面的に陳謝、賠償金を払わされたケースがあります。 日本にも、琵琶湖の近くにBBCという放送局はありませんでしたか。 まさか、言いがかりをつけられるとは思いませんが。困惑したBig Blue & Cousinsのメンバーたちも、やむを得ず弁護士に頼むことにしましたが、BBCが高圧的な態度をあらためて、適当な補償金を払うのであれば、ビクトリアの高齢者グループも話に応じることでしょう。 "Big Blue"というのは、IBMのニックネームです。覚えやすいドメインネームの値打ちは、銀座の土地のように天井しらずの高騰を続けています。 最近の例では、「business.com」というURLが 750万USドルで売買されましたが、売り手はテキサスの38才の男性。 3年前に英国のインターネットサービスプロバイダーから15万ドルで「business.com」のアドレスを買ったときは、気違い扱いされたそうですが、それをさらに750万ドルで買ったeCompaniesは、「一等地にブランド広告をだすようなもの。十分引き合う」としています。 もっと値打ちの高いのは「America.com」。 今のところどんな高値をつけられても、持主は売ないそうです。

米加移住事情(99-12)

カナダは移住しやすい国。 しかし、就くべき職が見当たらないのが問題です。 一方米国では、就労人口1億3900万というのに、このところ30年来の人手不足。 ホームレスも、引退した人も、頭の弱い人も駆り出される有様。 しかし、外国からの助っ人には、事実上謝絶の状態です。カナダは教育と技能のある移住者を歓迎しています。 若くて、英語かフランス語が話せて、大学を出ていれば、大体移住できます。 移住の審査は点数制で、44歳未満なら10点、高校卒だと10点、語学力は最高15点といった具合で、70点あれば合格。自営業や投資家には、たっぷりボーナスが加算されます。 こうして人口3千万のカナダは、毎年 200,000人の移住者を受け入れています。ところが米国の移住政策は、家族尊重の方針。 米国に親戚のいない者には、事実上移住の扉が閉ざされているのも同然です。 米国政府は、1998年 660,000人に永住権(グリーンカード)を与えましたが、そのうち476,000人は親族とのつながりで入国。 親戚なしで永住権を得たのは、77,000人。 これには、配偶者と子供も含まれますから、実態はさらに減少。 しかも半数以上は、業績のある学者とか、経営者、または有名人。 教育と技能の実力で移住を認められた人は僅か 14,000人。 抽籤もありますが、それも宝籤なみ運試しにすぎません。米国で教育をうけ、米系企業で働いた経験をもつ若い外国人でも、永住権をとるのは至難の業。米国の大学で学位をとっても、就労ビザで働けるのは、最高6年が限度。 そのビザも1年に115,000件発行されるものの、春までには割当がなくなってしまいます。 それでも現実には数百万の外国人が働いているのは、ほとんどが違法就労者だからです。 「米国経済が拡大しつづけている時に、海外の人材を迎えない法はない」という声もあるのですが、労働組合など外国人労働者との競争をきらう圧力団体や、不動尊のように頑として動こうとしない官僚制度の前では、かすんでしまいます。そこで、米国に移住するのをあきらめた人たちが移ってくるのがカナダ。 米国にくらべれば地味な国ですが、違法就労というストレスから解放され、同じようなライフスタイルをメインテインしていけます。 トロントは人口400万の都市ですが、その半分はよそで生まれた人たち。 移住者に対する反感もなく、地域社会に帰属できる安堵感があります。しかし、この高学歴のエリートたちにとって意外だったのは、自分の職歴や経験に見合う仕事が見つからないこと。 500社に履歴書を送っても、面接してくれる企業はごく僅かで、仮に面接までこぎつけても「カナダでの経験は?」と訊かれると、行き詰まってしまいます。 こうして、カナダの大都市には、有能な人材が、能力にふさわしい仕事がないまま、大勢呻吟しています。    (Source: WSJ Dec. 99)

アイスクリーム(99-12)

こちらの人が情緒的にもろいのは赤ん坊とアイスクリーム。 通信販売のカタログには、「マイアイスクリーム」と書かれた植木鉢のようなお椀をかかえる笑顔の中年男性の写真。 物置小屋をそのまま利用したようなアイスクリーム店で、「スモール」を注文すると、小さなコーンに、これでもかこれでもかとスクープを積み重ねてくれます。 それを受け取った英国人が、「これにくらべると、イギリスのアイスクリームは "慈悲の施し" だ」と嘆息していました。 モントリオールの南にあるバーモント州のバーリントン。 リッチな味のアイスクリームで人気のある「ベン・アンド・ジェリーズ」の町です。 アイスクリーム業界での順位は、売上げ38億4千万ドル、シェアは4.2%で、業界5位ですが、消費者からの絶大な信用があり、好感度の高い超優良企業として、全米すべての企業の中で、第5位と、驚異的評価を得ています。 。ベン・アンド・ジェリーズは、21年前、Ben CohenさんとJerry Greenfieldさんという、二人のヒッピーが、資金 12,000ドルで始めた会社。 アイスクリームの製法は通信教育で学び、バーリントンのガソリンスタンドを改造したガレージで売り始めたのが1978年。 社会的アクティビストの二人は、会社の株主総会も、平和運動のミュジックフェスティバルの時期と場所にあわせて開いてきました。 ミルクも、ホルモン処理された乳牛のものは使わない。 税込み利益の7.5%は、慈善事業に寄付。 トップ経営者の給料も、入社6ヶ月の新米従業員の給料の7倍を超えないという給与体系。 紅葉とスキーで有名な牧歌的なバーモント州の知事も、よそへ行くと「あぁ、ベン・アンド・ジェリーズの州ですね」と声をかけられると言っています。しかしこうした人気にもかかわらず、株価はパッとしません。 そこで、ネッスルやユニリバーなど多国籍企業数社が、食指を動かしはじめ、買収に乗り出してきました。 こうした動きの中で、地元の消費者たちが、「バーモントのイメージ企業を守れ」と、反対運動をおこしています。 ディーン・バーモント州知事も、「バーモントの看板企業が多国籍企業に吸い取られることのないように」と、市民の運動を支持しています。 (Dec. 99)

車の安全度(99-11)

「フォルクスワーゲンの方がジープ・チェロキーより安全だ」と聞けば、「まさか」と言いたくなりますが、ウォールストリートジャーナルによると、その通り。 ボルボといえば、「安全」という神話ができあがっていますが、テストでは、アウディの方が勝るとも劣らないという結論。 装甲自動車のように重い車ほど安全なはずですが、この判定では必ずしもそうともいえないケースもあります。米国の官民団体が、105種の車を衝突させてみて、さらにWSJが様々な要素を合成してみた結果、一番強いのが、GMの巨大な4輪駆動のSuburban。 あと各社のSUV(Sports Utility Vehicle)やMinivanが上位を占めますが、乗用車では Audi A8が Volvoをおさえてトップ。  最下位は Ford Escort ZX2 2-dr。 BMWやBenz, Cadillacなどの高価格車は、予算の都合でテストできなかった、としています。105種の車の中で目につくものの綜合順位(括弧内)をひろってみると、GMの重量4輪駆動車5種がトップファイブを占め、6位がHonda Odyssey Vanで、ミニバンのトップ。 以下 Audi A8 4dr(13), Toyota Sienna Van(14), Nissan Pathfinder 4dr 4x4(15), Infiniti OX4 4dr 4x4(16), Volvo S80 4dr(17), Toyota 4Runner 4dr 4x4(22), Mazda B-Series 2dr Pickup(38), Acura RL 4dr(39), Isuzu Rodeo 4dr 4x4(40), Honda Passport 4dr 4x4(41), Volvo S70 4dr(43), Lexus ES300 4dr(44), Honda CR-V 4dr 4x4(47), Mitsubishi Montero 4dr 4x4(48), Mazda Millenia 4dr(53), Mitsubishi Galant 4dr(56), Subaru Forester 4x4(60), Toyota RAV4 4dr 4x4(61), Honda Accord 4dr(63), Nissan Frontier Ext-cab Pickup(64), Toyota Camry Solara 2dr(65). Volkswagen Beetle 2dr(66), Toyota Camry 4dr(70), Honda Accord 2dr(71), Jeep Cherokee 4dr rx4(80), Acura Integra 4dr(81), Toyota Corolla 4dr(84), Nissan Frontier Pickup(85), Mazda Protege 4dr(90), Nissan Altima 4dr(91), Toyota Tacoma Ext-cab Pickup(94), Honda Civic 4dr(95), Honda Civic 2dr(98), Nissan Sentra 4dr(101)といった順になっています。          (Nov. 99)
    車の安全度  (99-11)

Saturday, June 11, 2005

セクハラ(99-11)

バンクーバーで、ロマンチックな雰囲気の中で、女性にご馳走するのはご用心。 特に、先生と学生の間では。 いつ訴えられるかわかりません。いや、先生でなくても、運動部のコーチも火の粉をかぶります。 サイモンフレーザー大学の水泳コーチにモーションをかけて相手にされなかった女子学生が、当のコーチをセクハラで訴えました。 大学当局は、その訴えを真にうけて、水泳コーチをクビ。 ところが、水泳コーチの白がはっきりして、学長は「病気」を理由に辞任に追い込まれてしまいました。ブリティッシュコロンビア大学の政治学部でも、「差別」されたと学生が騒ぎ出し、あやうく学部がシャットダウン。 こうした騒ぎには、弁護士や人権問題専門家も加わって、さらに火の手を煽ります。最近の話題は、BC大学の心理学の教授と、30代の女子学生の食事。 それも5年前に起こったこと。 相談を自宅でうけた際、ムードミユージックをバックに、ローソクとワインつきの食事を共にしたのが、セクハラではないにしても、「性的雰囲気の環境をかもしだした」とのこと。 しかし大学院への入学を認められず、教授を恨んだ女性は、人権委員会に提訴。 その結果、教授は「有罪」とされ、BC州人権審判委員は、「$13000支払え」という裁定を出しました。 その女子学生はイラン出身の難民。 成績も悪く、入学の際の推薦書も偽造。 大学で妨害的言動を繰り返し、他のクラスでも、落第すると「人種差別で訴える」と脅迫するなど、問題の多い人物。しかし、裁定を出した人権審判委員は、教授の言い分を認めず、テープの音楽をセクシーときめつけ、しかもその裁定には明確な法的基準もないというので、「滅茶苦茶だ」というのがマスコミの意見。 この次は、この女性の人権審判委員を審判にかけるべきだと言う声も上がっています。   (99/11)

NHLとカナダ選手(99-10)

アメリカとカナダを合わせたプロのアイスホッケー・リーグ、NHL National Hockey League。 カナダの子供なら誰でも一度はNHLの選手になることを夢みるもの。 従来でも、アメリカのチームとはいうものの、実際に戦っている選手たちはほとんどカナダ人でした。 しかし時代とともに、カナダ勢の凋落が目立つています。 1998年の長野オリンピックでも、スター選手を揃えた優勝候補のカナダは4位と不振。 スポーツ新聞に「銅にもならん」と書かれる始末。30年前は、NHLの選手の97%がカナダ人でしたが、現在は56%。 かわって登場してきたのがヨーロッパの選手たち。 現在は、NHLの28%を占めています。 残りの16%はアメリカ人。今シーズンNHL38チーム 661人のうち、カナダ人は 377人。 昨年度のトップスコアの選手25人のうち、カナダ人は7人。 ベストテンのディフェンスメンのうち、カナダ人は4人。今シーズンヨーロッパ勢で最も多いのは、チェコの50人。 つづいてロシアが47人。 スウェーデンが37人。 フィンランドが22人。 スロバキアが10人。ヨーロッパの選手がNHLに登場するようになったのは、10年前からですが、今後もますます増えるものとみられています。(National Post) Oct. 99

TV合戦(99-10)

カナダのケーブルTVとサテライト・ディッシュの商戦が加熱しています。都心から車で1時間もドライブすると、視界も開け、家屋の敷地も千坪単位となり、地下水の味が自慢という辺り、ぼつぼつ丸いサテライト・ディッシュが目立ってきます。 この辺では、ケーブルTVのネットワークが十分行き渡っていません。サテライトから直接電波をキャッチする受信家庭は現在 545,000 世帯。 それも日を追って増えています。 このシステムは、direct to home(DTH)、つまりデス・テレビジョンといわれ、従来のテレビ受信方式を脅かすものとみられていました。 事実、サテライト・プロバイダー各社は、契約件数の増加に追われています。 スターチョイス社の数字によると、1997年の売上が 150万ドル、1998年は 8,590万ドルと、5,437%の飛躍。しかし、都市部のケーブル会社は、アナログからファイバー・オプティックによるデジタル・サービスに切り替えることにより、巻き返しをはかっています。 現在ケーブルを契約している家庭は 850万世帯。現行のサテライト・システムでは、1度に視聴できるチャンネルは1つだけ。 複数のチャンネルを視聴したければ、サテライト・ディッシュを増やす必要があります。一方、ケーブルは、現在のアナログ方式の料金に数ドル足すだけで、150 チャンネル以上の映像が良質な画面と音質で鑑賞でき、しかも複数チャンネル視聴可能、と売込みます。 (我が家のアナログケーブル料金は月$33Cdn-\2400)ケーブルとサテライトの競争は激しさを増していますが、サテライト・プロバイダーの大手2社も、45センチのディッシュ($400相当)無償で提供するなど、捨て身の戦法で、互いにサービスを競っています。(Source: Vancouver Sun) Oct. 99

殺人事件(99-10)

カナダも殺人件数が減ってきました。 30年ぶりの低さです。 それだけ世情がよくなったのか。 いや、若い男の数が減ってきたから、殺人も減ってきたというのが、犯罪統計専門家の推論。 何しろ、殺人の7割は、15才から29才の、若い男による犯罪ですから。ベビーブームの世代も終わりました。 1975年当時は、夫婦に子供4人が普通。 25年後の今日は、子供は2人以下。 それだけ、殺人を犯す若者の数も減ってきたわけです。 1975年の殺人件数の割合は、10万人につき、3.03件。 1998年は、1.83件。 この割合を、アメリカに比べると、3分の1。 しかしヨーロッパに比べると、まだ高いそうです。 これは、アメリカの隣にあるということが、どうしても影響を受けるのでしょう。カナダの場合、銃砲火器による殺人は、27%。 ナイフによる殺人が最も多いとされています。 ところが、殺人にいたらない傷害は、もっと多く、警察では、「殺人件数が減ったのは、救急医療の発達で、生命が保たれたから。 以前だったら死んでいる人も、今では医療技術の革新で救われている」とみています。しかし、銃を持ち歩く若者の数は、逆に増えています。 また幼児や乳児がまきこまれる殺人も増えているのは、気懸かりなことです。 殺人者の9割は男性。 見知らぬ者に殺されるケースは、15%。 大半は、顔見知りによる殺人。 被害者の8割は女性。 しかも、半分以上の女性の被害者は、親しい関係にあった男によって殺されています。    (Oct.99)

チップはいくら(99-10)

旅行で目的地に着き、空港で両替をすると、大きな額面のお札ばかり。 小銭は僅か。 フリークェント・フライヤーなら、チップにそなえて、ポケットに小銭をあらかじめ用意しているでしょうが、それでも、文化や習慣の違う旅先で、見慣れぬ通貨をまさぐるのは、厄介なもの。 しかし、チップに悩まされるのは、チップの習慣のない国日本からの旅人だけではありません。 カナダのビジネスマンも、カナダ国内を旅行するたびに、チップのストレスは高まるばかり。 旅なれたビジネスマンは、チップを避けるために、自分でスーツケースを部屋まで引っ張って行く人が増えています。そこで、ビジネス紙 Globe & Mail は、今週の紙面でガイドラインを紹介。 それを復習すると:まず、空港やホテルで、荷物を運んでくれる人たちには、1個につき1ドル。 ホテルのドアマンが、指をあげてタクシーを呼んでくれたら、1ドル。レストランのウェイトレスや、バーテンダー、ルームサービスには、勘定書きの 10~15%。コンシェルジェが、レストランや劇場の予約をとってくれたら、5~50ドル。Valet parking で、駐車してある車をとってきてくれたら、1ドル。忙しいエグゼクティブはとかく忘れ勝ちだが、部屋のメードには1日1~3ドルを枕もとに忘れないように。Buffet やカフェテリアで、ウェイトレスがテーブルを片付けたり、飲み物を運んでくれた時は、勘定書の 10%。お気に入りの小さなレストランのオーナーには、チップは置かず、あとでちょっとした贈り物を送る。サービスが悪い時は、チップをケチる代わりに、ボスに直接話すこと。ところで、ホテルのドアマンは、チップの稼ぎ頭。 昔、40年前、ニューヨークの街頭で、口笛を吹き、指をあげて、タクシーを呼んでくれる、シルクハットのドアマンに、なぜ皆さん、ニューヨークタイムスが5部買えるほどのチップをはずむのか、その相場の不思議に感じ入ったもの。 だから転職率も低く、同じ顔のドアマンが20年以上いるホテルも珍しくありません。   (Oct. 99)

視聴率(99-10)

午後6時はニュースの時間。 バンクーバーの人口は200万ですが、ケーブルテレビのニュースだけでも、10局が視聴率を競います。 そのうち、バンクーバーに本拠をおいて、ローカル・ニュースに力をいれているのが4局。 広告主は、分単位の視聴率で、効果を求めます。視聴率を示すピープルメーターによると、視聴者の半分は、ローカル・ニュースを、5分と続けてみません。 多くの視聴者は、1分も同じチャンネルをみることなく、次々にチャンネルを変えていきます。これが、ニュース・プロデューサーの心をゆさぶります。 報道至上の立場と、視聴者の望むタイプのニュースのバランスが問題。 視聴者の最も多いBCTV局の場合、6時の視聴者は177,000人。 ピークに達するのが6時11分で、208,000人。 最初のコマーシャルが入るのが、6時11分頃。 コマーシャルは60秒ですが、その間に、視聴者はほかのチャンネルに流れます。 そこで、定評ある人気リポーターの人情トピックを6時57分頃挿入して、呼び戻しをはかります。 しかし、1時間の番組の間に、82,000人がスイッチを切ってしまいます。視聴者の少ないのが国営放送局CBC。 しかしその少ない視聴者は、CBCの安定したファンで、CBCから他局へ流れる視聴者が少ないといわれます。この視聴率を調査するのは、BBMとニールセンの2社。 しかし、視聴者の頻繁なチャンネルの切り替えは、ニュースに限らず、娯楽芸能から時事、長編ドラマまで、あらゆる番組に共通するところです。 それでも、ローカル・ニュースのディレクターはこの現象に特にセンシティブで、どんな話題とリポーターが最大の視聴者を惹きつけることができるか、心を砕いています。 (Source: Vancouver Sun, Oct

中国の人的輸出(99-9)

カナダ西海岸に時折現れる不審な貨物船。その貨物の正体は中国福建州の人達です。この夏は既に4隻が拿捕され、600人が不法入国として取り調べられています。中には130人の男女と子供を沖合いで放り出し、全員海岸まで泳いで到達するというケースもありました。台湾の西側に位置する福建省は、昔から海外に進出する人達が多いことで有名。そうした華僑が送金を続けるおかげで故郷は潤いますが、多くの福建州人にとって、北米、日本、豪州、新蘭土へ渡るのは夢。従って密航を試みる人達が絶えません。偽造の旅券を4万USドルで手に入れ、リスクを承知で密航船に乗り込みます。カナダ行きの密航船の船賃は1人1万ドル。一旦カナダに潜入できれば、次はニューヨークが目的地。そこで苦労をいとわず働いて5年で借金を返すことができれば、試みは成功。不法入国を手助けし、その金を絞り取るのは、在北米の中国系地下組織とみられています。もし捕まって中国へ送還されれば? 千ドルから2千ドル相当の罰金と2年の刑と言われていますが、真偽は不明。カナダ政府は、その対策に頭を悩ませていますが、恐らく監視の目をくぐって潜入にした福建州人の数は、逮捕された人達の数倍にのぼるだろうとみられています。国内の世論は賛否両論。もちろん白人の中には「追い返せ」という声もある一方、「難民の扱いは公平に。人種差別をするな」というのも白人の意見。しかし中国系やアジア系カナダ人の中からも「追い返せ」という声が出ています。(99/9)

息吹き返すモントリオール(99-9)

リオールは、パリに次ぐ世界第二のフランス文化の都。 ケベック州 730万の州民の約半数がここに住んでいます。 かつてはカナダ最大の産業都市、金融のセンターとして君臨していました。 しかし過去20年あまり、フランス語系住民のパワーが強まったため、英語系企業はトロントに移り、英語系住民も動ける人は他の英語州に流出。 そのため経済も空洞化し、斜陽の影が濃くなっていました。 3年ほど前は、目抜きの通りセントキャサリン(Rue Saite-Catherine) には、板をウィンドウにうちつけた空き家の店が目だっていたものです。しかしここへ来て、リバイバルのサインがあらわれてきました。街には新しいシックな店が増え、買物客で賑わうようになりました。 通りに面した店の家賃も、3年前にくらべて倍になっています。新しい活力の源泉はソフトウェア産業。 Motorola をはじめ、マルチメディア産業が5千人の雇用を創出。 過去5年間に、ハイテクの分野で 2万人から3万人の職が生まれたと、州政府はみています。不動産市場もようやく動き始めました。 最近まで東京で活躍していたプログラマーの若者も、去年モントリオールに帰ってきました。 ほかに航空宇宙産業と製薬産業が、モントリオール周辺では活発です。好転のきっかけは、ハイテクのリサーチ・アンド・デベロップメント、R&D産業。 その成果が、隣のオンタリオ、またアメリカで利用されるようになってきました。 この静かなブームの仕掛け人は、ケベック州政府。 ハイテク産業には、北米で最も気前のいい、しかし賛否両論の議論をまきおこす、助成金政策を打ち出しています。 R&Dのプロジェクトによっては、そのコストの3分の2まで出しています。 それに惹かれて進出する外資も増えてきました。 スウェーデン系の情報技術R&Dセンターでは、1986年には 50人であった社員が、現在 1200 人。 一人の雇用につき、年間 15000カナダドル(10000USドル)の助成金が出るケースもあるほど。 ケベック州政府としては、情報技術の分野だけでも 8千万カナダドルの支出を見込んでいます。しかし、モントリオールは北米の諸都市の中でも、個人の税負担の最も重いところ。 ケベック州政府は、助成金は投資であって、いずれ税金で還流するものとみていますが、政治情勢は依然不安定。 州民の半数は独立に傾いていますが、しかし今すぐ独立に走ることには反対。 英語系の友人は、「独立論議は永遠に続くよ」と、モントリオールに腰をすえたまま、動く気配はありません。 (Sep. 99)
 息吹き返すモントリオール  (99-09)

日系人(99-9)

コロラドに戦時中日本人をかばってくれた州知事がいたとは知りませんでした。 カナダの戦前から戦後にかけての首相だったのは、自由党のマッケンジー・キングですが、労働次官(?)だった頃、バンクーバーの日本人街・パウエル・ストリートをめぐる人種差別暴動をみて、「日本人の移住は今後禁止すべきだ」との意図をかためたということです。そして、広島に原爆が投下されたというニュースを聞いた日の日誌に、「この恐ろしい原爆がヨーロッパ人の上に落とされなくてよかった」と書いています。アメリカでは、戦争が終わったら、すぐ日系人を西海岸に戻したのに、カナダ政府は、1949年になるまで、日系人がバンクーバーに戻ることを許しませんでした。もちろん財産は没収同様の扱いです。しかしその頃の苦しみを経験したことのない三世達は、レーガン政権が日系人に補償でつぐなったアメリカの動きに励まされて、カナダでもマウルニー進歩保守党政府から補償金をとりつけました。それでも一世二世達の気持は複雑でした。古い傷は今更思い出したくない。平和にカナダの社会にとけ込みたいのに、三世達の戦闘的な態度は有難迷惑。古老は述懐します。「三世達の剣幕があまりにもすごかったんで、、わしらなんにも言えんかったんよ」と。「収容所に入れられるまでは、長いだぶだぶの古着をまとって食うに食われぬ暮らしをしとった日系人もいたのに、収容所では食事と寝る所は保証され、ベースボールに盆踊り、まあハラデーみたいなもんでしたよ。日本の皆さんは戦争で苦労しておられるちうのに。我々迫害ばかり受けてきたように日系の人たちは書くけれど、正しい記録を我々死ぬまでに残しておきたいという気持があるんです。」しかしそういう声は politically correct ではありませんから、若い三世達が聞くと怒ります。知り合いの二世が言っていました。「戦時中我々のために力を尽くしてくれたのは、サルベーション・アーミーとCCFだけでしたよ。」 CCFとは現在の New Democratic Party(社会主義政党。サスカチュワンとブリティッシュ・コロンビアの現州政権)です。またモントリオールに住むある日系人は、「戦時中BCでは人種差別でいやな思いをしましたからね。それに戦後1949年まで、西海岸に帰るのを禁じられていたし。それに比べると、ケベックの人達は戦争中でもあたたかく迎え入れてくれましたからね。今フランス語の問題で州政府から色々圧力があるといっても、昔のことを思うと、このケベックで多少不自由な思いをしても、BCには帰る気になりませんよ。それにバンクーバーは一年のうち半分は雨じゃありませんか。あんな所のどこがいいんですか」と言っていました。BCでは、新民主党が政権についているとはいえ、アンダードッグです。バンクーバーの新聞も敵意丸出しで連日大きな見出しで新民主党を叩いています。ビジネス界が州政府を敵視するのはわかりますが、日本の進出企業の駐在員まで現地のビジネス界の空気に同調するのは、いささかどうも。
  戦中・戦後の日系人    (99-09)

総理と州首相(99-9)

カナダの州首相は、事実上準独立国の首脳として、よその国の州知事や県知事とは異なる強大な政治力と権力をもっています。「カナダには11人の首相がいる」と言われるゆえんです。首相会議では、対等の立場で議論をつくします。総理大臣の訓話を承る全国知事会議とはいささか趣きが違います。東京青山のカナダ大使館はオタワの連邦政府の代表部。カナダ大使館に筋を通しておけば大丈夫と思うのは自然ですが、州によってはオタワと利害が対立しているところもありますから、州の代表部にも表敬、根回しをしておく方がベター。「オタワは外に向かっては旦那面をしているが、中にはいればなかなかどうして内儀さんが強くて」というのがカナダの特徴です。ニューブランズイック州は大西洋岸の小さな州ですが、歴史の豊かな所。そこの州首相は童顔のバーナード・ロード氏、33才。昨年野党の党首となり、3ヶ月前の選挙で勝って州首相に。カナダの州首相の中でも特に若いので、日本でも会った人達も驚いたそうです。しかしジョー・クラーク進歩保守党党首が首相になったのは39才。翌日40才になったものの、少数与党の政権であったため長くは続きませんでした。若くて未知数の政治家に思いきって舵取りをまかせるカナダの政治の仕組みはユニークです。(Sep. 99)

企業の信用度(99-9)

アメリカ人が最も信用している会社。 それはジョンソン・アンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)。 ベビー用品とバンドエイドで有名な医薬品会社です。その次に信用があるのが、コカコーラ(Coca-Cola)。 ヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard)は、3位にランクされています。 コンピューター関連で評判の高い企業は、ほかに Intel(4), Xerox(7), Dell(11), Microsoft(15), IBM(17), Yahoo!(19), AT&T(20), America Online(26) など。 それにオンラインの本屋ですが、amazon.com も16位。 こういった会社が、米国民の名指すベスト企業30社の中に入っています。何をもってベスト企業とするか。 この場合、売上高でもなければ、利益率、あるいは株価でもありません。 Wall Street Journalによると、企業イメージの好感度、社会的責任、製品とサービス、職場環境、ビジョンとリーダーシップ、財務状況など。 なお、これは Harris Interactive と Reputation Institute による調査。一般市民の気持に訴えるのは、ベビー、アイスクリーム、バーゲン、安全と信頼性。 業績を示す数字よりは、会社の評判が、顧客を、従業員を、投資家を惹きつけます。評判が悪いのは、アラスカ沖で汚染事故をおこした Exxon。 「Exxon のガソリンスタンドでは絶対買わない」 と言う人もいるほど。 煙草の Philip Morris も悪役。 「これは品質がよくないね。 どこで買ったの?  Kmart?」 と言う市民の言葉に奮起して、イメージアップをはかる Kmart。 銀行は一行も、このリストにあがっていません。 GMもフォードも欠落。 大量の人員整理をしたり、トップが大統領より高い給与をとる会社も不人気。 しかし日系企業は、ソニーとトヨタが、それぞれ18位と28位に入っています。 アイスクリームの Ben & Jerry の5位の人気も注目されます。 マクドナルドは24位。 量販店の Wal-Mart は6位。 百貨店の Sears は29位。 スポーツ用品の Nike は23位。 Microsoft は、ビジョンとリーダーシップ、財務からみた業績ではトップですが、愛憎の最も激しい企業。評判は the best と the worst に分かれています。 「Huge gorilla」とも「the town bully」とも言われています。 憎まれるのはトップの宿命でしょう。 (Sep. 99)

夏の便り(99-7)

ご無沙汰しています。お元気ですか。バンクーバーの夏も結構暑いです。でも冷房はいりません。団扇もいらない。まあ夏は拍手喝采、申し分ありません。日本から、夏の間だけ来て、夏休みを過ごす渡り鳥族も大分います。今はバンクーバーと言っても、「ハンバーガーが何だって?」なんて訊かれることもなくなりました。夏はいい所です。満足しています。そうかと言って、夏の間人口がふくれるということもありません。夏はバンクーバーの人達もバカンスでよそへ出掛けますから。私も夏はキャンプに出掛けるのですが、環境はいいし、ご馳走はたっぷり。音楽もいいし、いい講演も朝晩聴ける。昼は皆さん水上スキーで水飛沫をあげていますが、私はもっぱら昼寝のレクリエーションです。キャンプはもちろん家族連れが普通ですが、一人で来ている人も結構います。昭和一桁生まれの私は、シニアー、つまり高齢者のキャンプに行くのですが、キャンプで会う人達の平均年齢は八十五ぐらい。一緒のテーブルで食事するご婦人も美容院から帰ってきたばかりというようなお洒落なスタイルで、九十才とのこと。中に一見五十才ぐらいの美人がいましたが、、その人が妻の頭をみて、「いいわね、黒い髪」と言います。「染めてるんです」と答えると、「私もよ」と輝く金髪に手をやって、「私八十よ」と言うのには驚きました。テーブルでの会話も、長生きの秘訣とか孫の自慢ではなくて、旅行とかテニスとか信仰の話。年をとってもああいう感じだといいなと思いました。しかし、皆が皆いつまでも健康というわけにもいかないようです。やはり「友達が段々記憶を失っていくのが淋しい」と言っています。実は私共も教会に頼まれて老人ホームにお年寄りを訪ねることがあるのです。ロビーでは十人ぐらいの白髪の人達がだまってテレビのレスリングをみている。ガリバー旅行記の、いつまでも死ねない老人の国の話をつい思い出してしまいます。しかしお年寄りにしてみれば、見たこともない東洋人が突然自分を訪ねてくる。どんな気持だろうと、ちょっと見当がつきません。中には頭が混乱している人もいて、私をみるなり「あ、兄さんだ」と嬉しそうな顔をする婦人がいたのにはびっくりしました。いや、私は背も低いし、目も細いし、西洋人に兄弟だなんて間違えられる覚えはないのです。しかしそれだけ頭が混乱しているのでしょうね。しかし家族の顔も覚えていないようでは、家族の人達も情けないだろう思います。それでも知り合いの医者は、「たとえ分からなくても、見舞いに行ってあげた方がいい」と言います。「見舞い客のある人には、施設の人達も親切にする。ところが見舞い客の全然ない人には、それほど親切にしてしてあげない、そんな傾向がある」と言うのです。カナダのお年寄りは、ご存知のように、たいてい独り住まいです。皆さん孤独に強い。親子二代三代一緒に住む家族はまずありません。子供達も大きくなると、どんどん家を出て行く。残された親は、芝刈りがたいへんになってくると、「では老人ホームにでも移ろうか」ということになります。私が訪ねた老人ホームもホテルみたいな所でしたが、独りの人達は個室、夫婦の人達はマンションのような造りの住まい。「スタッフも親切で、プログラムも色々あり、食事も申し分ない。毎日楽しく暮らしている」と言っています。言ってみれば陸上の動かないクルーズ船の生活みたいなものでしょうか。それでも、「老人だけで住むのは面白くない。若い人も混じって暮らした方がよい」と、建物の一部を大学生に開放している所もあります。しかしアルツハイマーになると、また別な医療サービスのある施設に移されます。私共が訪ねて行くと、受付でエレベーターのボタンの暗号を教えてくれますが、そこに住んでいる人達は使えない仕組みになっています。ですから外をさまよう心配もない。スタッフの人達がおしめの面倒までみてくれますから、家族も普段は安心して仕事や家庭生活をつづけることができるわけです。カナダでは、今のところ介護の問題はそれほど重大な社会問題になっていません。高齢者が暮らしていくのに、健康上や経済的な心配があまりないからでしょうか。私のまわりにも高齢者が大勢いますが、九十才以上の方でもハイウェイをドライブしたり、ボウリングの球を転がしたり、皆さん結構楽しそうに暮らしています。なぜ経済的な問題がないかというと、年金でだいたい不自由なく暮らせるからです。しかし年金の少ない人には政府の補助金が出ます。また持ち家を売れば何百万円か何千万円になる。それをミューチュアル・ファンド(投資信託)にまわせば、その配当で楽に暮らしていけます。もしそんなお金がないほど貧しければ、政府が面倒をみてくれますから、ちゃんとした人間らしい暮しができるようになっています。中には自ら望んでホームレスになったり、政府の援助を拒む人もいますが、普通六十五才以上になれば、若い時より快適な暮しができるのがカナダのいい所だと思います。健康上の問題にしても同じです。病気になってもお金の心配は一切いりません。それは介護についても同じです。お金がないからといって、差別されるようなことはありません。金持も、生活保護を受けている人も、皆同じ病室に入って、同じ治療を受けられます。医者は親切。看護婦は機嫌がよい。看護婦の機嫌のよいのはとても大事なことだと思います。では病院の費用や生活扶助の資金はどこから出るのかと言うと、やはり税金です。税金は高いですよ、カナダは! 所得税から物品税、犬の鑑札まで含めると、国民の稼ぎの半分は政府に持っていかれる勘定です。それに加えて、州独自の収入もあります。例えばブリティッシュ・コロンビア州の国土の大部分は森林です。そしてその森林の持主はだいたい州政府ですから、紙パルプ工場も製材所も樹木を切り出しては、州政府の金庫に納入することになります。そうした財源が福祉国家を可能にしているのです。年をとってもいつまでも心の若い人もいますね。最近ハーバードを八十九才で卒業したマリー・ファサノさんは、十四才で学校をやめ、工場で働き、子供を育て上げました。七十一才で未亡人になった時、「今度は私が勉強する番」と、高校に入りました。そして十六年かかって大学を出たのですが、満場総立ちの拍手の中で卒業証書を手にしたファサノさんは、「私に勉強の機会を与えてくれたハーバード大学に感謝します」と挨拶しました。そのファサノさんの歩き方ですが、スッスッと軽い足取りで図書館の階段を上がっていく。私も、できれば丸い背中をスッキリと、足取りだけでも爽やかに、歩きたいものだと願っているのです。 暑さのきびしい折からくれぐれもご自愛ください。奥様とご母堂様によろしく。 (July, 99)

介護(99-7)

老人介護の問題ですか。そういうことはカナダではあまり問題にならないですね。と言うのは、高齢者が暮らしていくのに、健康上や経済的な心配があまりありませんからね。私のまわりにも高齢者の方が大勢いますが、九十才以上の方も少なくない。それでもハイウェイをドライブしたり、ボウリングの球を転がしたり、皆さん結構楽しそうにやっていますよ。なぜ経済的な問題がないかというと、年金で不自由なく暮らせるからです。しかし年金の少ない人には政府の補助金が出ます。また家を売れば何百万円か何千万円になる。それを投資信託にまわせばその配当で楽に暮らしていける。もしそんなお金がないのであれば、政府が面倒をみてくれますから、ちゃんとした人間らしい暮しができるような仕組みになっています。中には自ら望んでホームレスになったり、政府の援助を拒む人もいますが、普通六十五才以上になれば、若い時より快適な暮しができるのがカナダのいい所だと思いますね。健康上の問題にしても同じです。病気になってもお金の心配は一切ない。それは介護に0ついても同じです。お金がないからといって、差別されるようなことはない。お金持でも、生活保護を受けている人でも、同じ病室に入って、同じ治療を受けられる。医者は親切。看護婦は機嫌がよい。看護婦の機嫌のよいのは大事ですよ。ではその病院や生活補助のお金はどこから出てくるのかと言うと、やはり税金ですね。税金は高いですよ、カナダは。所得税から物品税、犬の鑑札まで含めると、所得の半分は政府に納める勘定になってしまいます。それに加えて、州独自の収入があります。私の住んでいるブリティッシュ・コロンビア州は、その大部分が森林です。そしてその森林の持主は州政府ですから、紙パルプ工場も製材所も樹木を切り出しては、州政府に支払う。そうした財源が福祉国家を可能にしているのです。それで、お年寄りが普通住む所はといえば、老人ホーム。三階建てのアパートもあれば、高層ビルもある。中には老人ばかりで住んだのでは面白くない、若い人も混じって暮らした方がよいと、大学生に建物の一部を開放している所もあります。またカナダは移民の多い国ですから、それぞれの国の出身の人達が自分達独自の老人ホームをこしらえる。その際、政府の補助を受けると、他の国の人も入居させなくてはいけない。例えば日系人の老人ホームにポーランド系の人も住める。逆にポーランド系の老人ホームには日系人でも住めるのです。カナダのお年寄りはほとんどが一人住まいです。皆さん孤独に強いのです。親子二代三代と一緒に住んでいる家族はまずありません。成人した子供達はどんどん出ていく。残された親は、芝刈りが段々たいへんになってくると、老人ホームにでも移ろうかということになります。老人ホームには、礼拝堂やジム、つまり室内運動場もありまして、なかなかデラックスですよ。一人住まいの人は個室、夫婦の人はマンションみたいな所に住むのですが、私がこの前訪ねたマンションは広くてきれいな所でした。それで三度の食事、スタッフのサービス、家賃込みで、夫婦一ヶ月二十五万円ぐらい。五十五才以上だったら入れるそうです。介護が必要になってくると、医療スタッフのいる別な施設に移るのですが、それでも私が訪ねた所はホテルみたいな所でしてね。訪問客はフロントでエレベーターの暗号を教えてもらうのです。しかし住んでいる人達はエレベーターが使えない。ですから外をさまよう心配もない。私が訪ねたのは六十代のアルツハイマーの男性でしたが、家族の写真をみても誰だか思い出せない。しかしロビーでボランティアの女性がピアノを弾くと、何百とある讃美歌を全部覚えていて歌うのです。そしてお祈りをする時は、それまでゴボゴボうがいをするような声だったのが、ローレンス・オリビエみたいないい声になるのです。あれは不思議ですね。神を信じる心は、消え行く記憶とは別の働きをするのでしょうかね。しかしいつまでも心の若い人もいますね。最近ハーバードを八十九才で卒業したマリー・ファサノさん、七十一才で高校に入り、十六年かかって大学を出たのですが、感心するのはその歩き方なんです。スッスッと軽い足取りで図書館の階段を上がっていく。私も丸い背中をスッキリと、足取りだけでも颯爽と、歩きたいものだと思いますね。

香港市晩香波区(99-7)

             
A「最近のバンクーバーの街の表情は?」B「そうですね。私は十年ばかりカナダの東の方に住んでいたのですが、久しぶりにバンクーバーに戻って来て、ダウンタウンの街角に立ってみると、当たり前のことですけど、道幅はちっとも変わらないのに、車だけはどんどん増えている、ここバンクーバーは東西南北、山と海と国境に囲まれた神戸みたいな町ですから、これから先どうなるのだろうとちょっと怖くなりますね。私が旅行者として初めてバンクーバーにやってきたのは三十年前、昭和四十三年のことですが、その時は同じ街角に立っていても、車があまり走って来ないんです。歩いている人も見かけない。時々走ってくる車は霊柩車みたいに大きくて、エンジンの音もきこえない。シャーッとタイアの音だけ。今のようにブーンと唸りを上げて走るなんてことはなかったんです。東京でいえば、銀座の角みたいな所に立っていてそうですから、静かというより寂しい街だというのが三十年前の第一印象でしたね。当時でも、ロスアンゼルス辺りはスモッグがひどくて、玉葱を切った時みたいに眼が痛かったのですが、今はバンクーバーも排気ガスが充満していて、楽園喪失、パラダイスローストと人は言うんです。その交通戦争の中を、丸に三ツ矢のメルセデスが走っている。みると丸い顔をした中国人がハンドルをにぎっている。赤いBMWにはこれまた上品な中国人の若者や娘さん。多分香港か台湾からやってきた移住者でしょう。では、背の高い白人、つまり本来のカナダ人はというと、トヨタやホンダがお気に入りらしいですね。それで日本人の私は、カナダ製の小さな中古車に乗っているというわけなんです」A「カナダには中国系がどのぐらいいるのですか」B「カナダの人口が三千万として、そのうち中国系が百万人ぐらいでしょうか。全国の統計でみれば三十人に一人の割合に過ぎないんですが、バンクーバーでは三人に一人が中国系なんです。ですから私もよく中国人に間違えられて「ニンハオマ」なんて話しかけられるのですが、今、カナダで一番使われている言葉は、もちろん英語が圧倒的。それからケベックではフランス語。三番目に多いのが中国語なんです。バンクーバーのショッピングセンターに行くと、買い物客の半分以上が中国人。図書館をのぞいてみると、閲覧室にいるのはほとんど中国人。とにかく、人口の割合以上に中国人の存在感を感じますね。ですから、今度バンクーバーに帰ってきて、空港から街の中に入ってきた時、一番目についたのは、大きな漢字の看板なんです。昔は漢字といえばチャイタウンの一角に限られていたんですが、今は市内いたる所に、そして郊外にもひろがっている。私なんか、英語の看板だとチラッとみただけでは分かりませんからね、アルファベットでエーとV,I.C.、ああそうかビクトリアかと、口の中でモグモグ言ってみて、気がついた時にはもう通り過ぎていたりして。そこへいくと漢字なら横目で分かりますからね。美食之家と書いてあれば、ああ美味いものを食べさせてくれる所だな。あれッ、汽車停車場? この辺別に「汽笛一声新橋を」という感じじゃないけれど、あッそうか、自動車の駐車場のことかと、ひとつ勉強になったというわけです」A「中国系のカナダの社会における地位や役割は?」B「昔鉄道建設や鉱山開発のためにやってきた中国人の労働者は、それはもうひどい扱いで、人権も認められなかったのですが、今は、世界中から移ってきた新しい華僑の人達が経済力を持っていますからね。パワーエリートですよ。カナダは、それぞれの州に総督がいるんですが、以前この州の総督にも香港からの中国人がなっていましてね。とても評判がよかったですよ。現在カナダの総督、つまりカナダの実質上の元首ですが、香港生まれの難民だった中国系女性が、エリザベス女王の名代としてカナダの女王といった地位に就いています。我が家の辺りでも、立派な新しい豪邸に住んでいるのはみな中国人です。昔から住んでいた白人の人達は、そういう金持の中国人に自分達の家を高々と売って、郊外に移る。中国人は、その古い家を取り壊して、豪華な邸宅を新築する。別棟のガレージには三台か四台の車が入るようになっています。私の住まいのお隣もお向かいも、また裏っ側も中国人ですが、白人のガーデナーが来て芝を刈っていますよ。ついこの前までは、日本人か中国人が白人の家に行って芝を刈っていたのですが、逆になりましたね。私なんか中国人に間違えられると、「いや、私は日本人です」とムキになるんですが、考えてみれば中国人に間違えられるということは、リッチなお金持と勘違いされているわけですから、金持喧嘩せず、「サンキュー、シェシェ」と受け流しておいた方がいいのかもしれませんね」 

偏見(99-7)

            
最近ある人から、「今の日本の若い人達は、アメリカに対してコンプレックスのかけらもない」と聞いて、意外に思いました。いや、不思議に思いました。数年前のTIME誌に、韓国の若い人達が「日本に対するコンプレックス? とんでもない。逆に優越感こそあれ、劣等感なんてさらさらないね」と肩をそびやかす様に強調していた記事を思い出しました。ぼくは、言語上、体形上、アメリカ人やカナダ人に対して大いにコンプレックスを感じます。安岡章太郎さんが、昔「世界」に連載された「アメリカ感傷旅行」の中で、行きずりのアメリカ人の家に泊めてもらった際、「肌色の違う人間を、どうして自分達のベッドでやすませるのだろう」と案じたことを書いています。その気持は痛い様に分かります。カナダ人のアメリカに対するコンプレックスは屈折しています。カナダ人はアメリカ人に間違えられることを迷惑がります。だからと言って、「あっ、それは失礼! そう言えばアメリカ人はがさつですからねえ」なんて言おうものなら、一層不愉快な顔をします。コンプレックスは、教えられるものと聞きました。昔、朝日の本多記者でしたか、イヌイット(エスキモー)に、若尾文子とマリリン・モンローの写真をみせて、「どちらが美人と思うか?」と訊ねたところ、若尾文子の方を選んだという話、面白く思いました。そのイヌイットはコンプレックスを教えられていなかったのでしょう。幼い子供はコンプレックスという言葉は知らないのでしょうが、白人社会に住んでいれば、子供でも自分が白人でないことに気づきます。ニューヨーク郊外に住む日本企業駐在員の美人の奥さんが言っていました。「子供(小学校3年生の目のパッチリしたハンサムな男の子)が ”僕どうしてこんな変な顔なの?”と言うんですよ。」 この家族も、今は日本に帰って、今度は帰国子女の学校でのとけ込みという問題に直面していることでしょう。日本の学校の中には、「国語の力が弱いから」と、帰国子女の横滑りを渋る所があるそうですが、カナダの学校では、「できないのは英語だけですから」と言って、外国人の親を安心させています。同じ問題でも見る角度が違えばネガティブにもなりポジティブにもなるわけですね。マサチューセッツに住んでいた日本人家族の5才の女の子。利発な、とても可愛い子で、幼稚園でも人気者でした。「大きくなったら何になりたい?」と訊くと、しばらく考えて「American」。大人は思わず笑ってしまいました。その子も、今は東京近郊のアメリカンスクールに通っています。本人の希望だったのか、それとも親がアメリカの大学院で英語で苦労したので、その苦労を一人娘にはさせたくないのか。父親は日本で最高のエリート教育を受けた代表的日本人でしたが、それでも娘にはあえてアメリカンスクールに通わせる。若い両親の経済的精神的負担はさぞ大きいことだろうと思います。カナダに住む白人と結婚した日本人女性。「幼稚園の娘が ”ママもジェニファー(白人の友達)のママみたいな顔だったらよかったのに”と言うのでショックでした」と。その母親は博士過程のインテリ女性でした。小さな子供でも、まわりに同化したいという願望があるのでしょう。戦前の一世の人達にもそういう願望がありました。しかし自分達の世代での同化は無理とわかっていたので、二世三世に望みを託しました。ある人達は、子供に一切日本語を習わせなかった。日本語が、同化の妨げになると考えたからです。そうした日本語を話せない二世は、戦時中、ほかの日系人からはスパイとみなされ白眼視されました。カナダ政府からはもちろん敵として取り扱われました。戦後こうした人達の中から大蔵次官が生まれました。大蔵次官となったトム生山(しょうやま)さんは、日本語は「いらっしゃい」しか知りません。生山さんの父親は、後日、「自分が子供をカナダに同化させようとした努力は失敗だった」と述懐しましたが、大蔵次官のポストは、カナダ政府の官僚機構の中では、枢密院書記官長に次ぐ二番目の要職。果たして失敗だったのでしょうか。カナダで最も有名な日系人は、Dr. David Suzuki という科学者ですが、CBCで毎週一時間の科学番組をゴールデンタイムに放送しています。日本語が出来ないため、日本の旅館で宿泊を断られました。このDavid. Suzuki も、戦中戦後は「日系人であることは less than good であると思っていた」と言っています。他の著名な日系人でそれぞれの分野で卓越した業績をあげている少数の人達も、ほとんど日本語は出来ません。しかしバンクーバーで日本語学校に通った大部分の二世は、日本人のように流暢に日本語を話します。今は白人が日本語を勉強する時代です。ニューヨークで育った四世五世の中国系( American Born Chinese, ABC)でアメリカの名門大学を出た女性達は言います。「学歴があっても、この顔では、何世代経っても "Chinese" と呼ばれる。大銀行や一流の法律事務所では雇ってくれない。その点、香港の島へ行けば、中国語は全くしゃべれなくても、トップ企業が両手をひろげて歓迎してくれる。私達には、ニューヨークのチャイナタウンより香港の方が働きやすい」と。だから彼らもあえて共産中国に返還後の香港に行くのです。カナダからもどんどん帰って行きます。彼等は二重国籍を持っていますから、香港の風向きが変われば、いつでも戻ってこられる安全ネットを張った上で出掛けるのです。ただしメディアの世界では、テレビのキャスターに黒人や東洋人の女性がかなり起用されています。メディアは、politically correct という社会的プレッシャーがあるので、非白人(visible minority) の女性の方が就職に有利だという神話が横行しています。しかし、偏見はアジア人に対してだけあるわけではありません。J F K Jr の死去に際して、ケネディ王朝の話題が連日報道されましたが、ケネディ家の財力と政治力をもってしても、マサチューセッツのWASP (White Anglo Saxon Protestant) の扉をあけることはできなかったときいて、あらてめてアイルランド系に対する偏見の根強さに驚きました。ユダヤ人に対する二千年の偏見と迫害は、すさまじいものです。それに比べればアジア人に対する偏見と差別はもののかずではありません。そのほかイタリア系、ギリシャ系と、偏見の対象は幾らでもあります。カナダでも、英語系とフランス語系の間に偏見と反感が存在します.。傲慢な人が、フランス語で話しているケベック人に向かって、「Speak white !」と不快感をあらわすことがあります。日系人の間でも、戦前からカナダに住みついている日系人、1960年代後半以降の新移住者、日系企業の駐在員の三つのグループがあって、水と油、不信と偏見の三つ巴になっています。そして、日系企業の内部でも、日本から派遣された駐在員と現地で採用された社員との間の微妙な関係と差別。カナダ人は「Pathetic !(あわれ)」と頭を横に振ります。都会の中でもどちらかと言えば教養の低い人達の多い地域では、人種偏見が残っています。白人の子供達が東洋人の子供に対して、「自分の国へ帰れ」と囃したてていじめます。しかし、子供が中国系でなくて日系だと分かると、いじめません。戦前の日本にも、わけのわからないまま、「朝鮮人、朝鮮人」と囃したてる子供達がいました。韓国の若い人達は、赤ん坊の時から、「泣くと日本人が来るよ」と親に脅かされて育ったそうです。しかしカナダで会う韓国人は日本人に対して非常な親近感を示してくれます。韓国系の店では、「Japaneseの小切手ならOK。しかし Chinese はダメ」と言います。「韓国と日本は(文化や考え方が)一緒だが、中国は違いますからね」と言われて、顔をあからめる思いです。ところで獅子文六が書いていましたが、昔の横浜では、父親が外国人、母親が日本人の混血児はいじめられた。父親が日本人、母親が外国人の混血児はいじめられなかったそうです。これも日本人の偏見のパターンのひとつか。こちらの大学で教えている日本人学者は「要するに唐人お吉ですよ」と一刀両断。カナダ人と結婚したインテリ日本女性は、「日本人はうちの子供に "お前のお母さん、バーの女か" と言うんですよ」と、故国の偏見に身をふるわせる思いのようでした。25年前のロンドンで聞いた話ですが、イギリス人の男のステータスシンボルは日本女性を連れて歩くこと。同じくイギリス女性のステータスシンボルはテリアの犬を抱いて歩くこと。フランス女性の場合は黒人と手を組んで歩くこと。英国男性の腕にぶら下がって歩く大和撫子は、「日本人の男なんか…」と意気軒昂でした。しかし、知り合いのロンドン大学教授はイギリス人男性の国際結婚に懐疑的。「イギリスの女に対等に立ち向かえないか弱い男なんだよ。だから言葉の点で優位にたてる外国人に走るのさ。まあ、仲間の間では軽んじられているがね」と、冷ややかでした。こうしたイギリス人の男性も pathetic なのでしょうか。妄言多謝

結婚式はカナダで(99-7)

      
結婚式も新婚旅行も幻想的な美しさのブリティッシュ・コロンビアでいかがですか。 バンクーバー空港に近いリッチモンド市の美しい教会。 緑の木立をバックに広い芝生の上にたつミノル・チャペルは、チョコレートの箱のよう。そこで結婚式を上げるために日本からやってくる新婚カップルは、ブリティッシュ・コロンビア州の観光局にとって、大事なお客様。 ラスベガスやハワイに追いつこうと、新婚旅行歓迎の作戦をねっています。 1997年に海外で結婚式をあげた日本人カップルは 45,000組。来年は 90,000組になるだろうとみられています。 しかし、1997年にカナダを新婚旅行に選んだ日本人カップルは、僅か 1,000組。カナダで人気のある観光地は、バンクーバー、プリンス・エドワード・アイランド。ナイアガラ、バンフなど。通常結婚式に同行する日本からの親戚友人は、5人から8人のグループ。 新婚夫婦がバンフやナイアガラに発つまで、数日はBC州に滞在します。バンクーバーで、日本人の結婚式をアレンジする業者によると、費用は 5,000カナダドル(36万円)。花嫁花婿の貸し衣装、自動車、写真、ビデオのパッケージこみ。 それでも、業者によると、ハワイで結婚する日本人カップルの数にくらべれば、わずか 60分の1の挙式数とのこと。だからこそ、日本のウェディング・マーケットに力を入れねば、と腕をさすっています。(Vancouver Sun)

訴訟社会(99-7)

アメリカやカナダは訴訟天国というか訴訟地獄というか、何事も訴訟に持ちこまないと片が付かない。我々には理解し難いところです。こちらは訴訟社会ですから、話し合いと常識で解決できる簡単な問題でも、すぐ弁護士を頼んで訴えることは承知していますが、被害者が訴えるだけならまだしも、時には加害者が被害者を訴えるケースもあるのですから、クレージーです。昔の侍はひとたび家を出れば七人の敵を覚悟したようですが、アメリカでは家を出なくても訴訟が待ち構えているようです。親子で互いに訴えあう。家の前の歩道で通行人が転べば、その家の人が訴えられる。マクドナルドで熱いコーヒーをこぼした客が「コーヒーが熱すぎるから火傷をした」と訴える。すると裁判所の陪審は「それはマクドナルドが悪い」と、家の一軒や二軒買えるぐらいの金額の賠償を命じる。もっともそのかなりの部分は弁護士の懐に入ってしまうようですが。交通事故専門の弁護士も、彼らはいつも仕事を求めて救急車の後を追いかけていると、ジョークの材料になっています。先日息子の運転するレンタカーでカリフォルニアのハイウェイを走行中、私も助手席に乗っていたのですが、レーンを変えようとしてして、右側を疾走してきたマツダと接触。もちろん不注意な息子が悪いのですが、相手の車にはほとんど実害なし。その女性ドライバーも無事。「まあ、こんな不運なことは仕方がないでしょう」ともの分かりのいい様子をみせていたのですが、警察官が現場に到着すると途端に「アイタタタ」と顔をしかめます。シャイロックの二の舞いになるのでは、と思っていたら、果たして弁護士をたてて訴えてきました。保険会社の賠償だけでは満足しないのです。息子も弁護士を頼んで受けて立つ構えですが、決着まで一年ぐらいはかかるでしょう。イギリスでは、鬘をかぶる法廷弁護士バリスターと背広の事務弁護士ソリシターは厳然と分かれていますが、カナダでは、日本の司法書士に相当する仕事をする人達でも Barrister & Solicitor とドアに金文字で書いて、遺言や不動産登記の書類を作成しています。カナダのケベック州は人口七百万。そこに登録している弁護士の数は、一億二千万の日本の弁護士とほぼ同数だと知った時は驚きました。レディメードの文言をコンピューターでプリント・アウトし、高い料金をチャージできるのなら、濡れ手に粟のいい職業と、ロー・スクールを目指す若い男女が続くのは当然です。かねて弁護士にむしられていると感じる親も、息子や娘がむしる側にまわるのなら大いに結構とすすめるわけです。日本からのTVニュースをみていると、まだ書生みたいな感じの青年が眼鏡をかけて裁判官席にすわっています。日本の司法試験は難しいことで有名ですが、その難関をストレートでパスした秀才なのでしょう。たしかに厳選するのはいいことですが、そのために受験生の人柄や常識のバランスが犠牲になる恐れはないか。中央大学では六法全書のページをちぎって口に入れ食べてしまう学生がいたと, 同大学法学部出身のラジオ作家(西沢實先生でしたか?)がNHKラジオのインタビューで話していました。そのような涙ぐましい努力には脱帽しますが、感性豊かな教養や人情味あふれる人柄の持主ならそんなことをするかどうか。オンタリオのマクマスター大学の医学部では、点数万能の評価方式よりも人格重視の方針を打ち出しています。考えさせられることです。アメリカやカナダでロー・スクールに行ったといえば、「ほォーッ」という感じですが、日本の大学教授の話では、「日本の大学の法学部は北米の一般教養部に相当するゼネラリストの養成所」とのこと。なるほどそう言われればそうだと、なかば納得します。日本では法学士の営業マンや俳優が珍しくないのですから。そのような常識ある法学士のいる日本の企業では、契約書を作成する時も、弁護士抜きで、「誠意をもって解決に当たる」という一項さえあれば、めでたしめでたしと手を打つことができます。アメリカやカナダのように万骨枯れて弁護士だけがふとる訴訟社会よりは、大岡越前守の智恵にならって、まるく納めて三方一両損の、"なあなあ"社会の方が呼吸もしやすいように思うのですが