Wednesday, February 22, 2006

イノさんへの私信(06-02-22)

イノさんへ

いろいろな世界の事象に警鐘を鳴らすエッセイの数々、共鳴を覚えながら、皆さんに配信しております。

ALOHAさんは、医療に関する限り、カナダの医療には、大体ネガティブなご意見。 たしかに、カナダでは、「白内障」、「膝」、「ヒップリプレースメント(「お尻の取替え?」とはどういう意味かわかりませんが)」、この三つの病いがお年寄りの間に多く、その手術を受けるのに長いこと順番を待たなければならないので、政治問題になっています。

家内がイギリスで出産した時は、一度入院したもののなかなか生まれないので、一旦帰宅して出直し。 本番の時は、一週間ぐらい入院していたでしょうか。 たいへん大事にしてもらって、帰りには沢山お土産まで貰いました。

それから大分時代が経って、ダイアナ妃がロンドンの病院でウィリアム王子を出産した時は、入院も24時間。 王室でも、手厚く大事をとって、長く逗留させてもらえず、サッサと退院させられたのには、驚きました。

日本の病院が長く入院させるのは、まさか健康保険の点数を稼ぐために留めておくのではないでしょうね。 お年寄りが入院したら、二度とかえしてもらえないそうではありませんか。 どちらがよいのでしょうかね。

家内の父は、10年程前、自宅で、家内の妹の膝に頭をのせ、孫娘にも看取られながら、息を引き取りました。 近所の医者に来てもらい、死亡を確認してもらったのですが、その医者は遺体を自分の医院に運ばせ、その費用として30万円を請求してきました。 これも日本では常識なのでしょうか。

井上さんが、奥様の診断を受けるために10万円を包まれ、しかも誤診であったとうかがい、胸が痛みます。

家内が聖路加病院で出産したのは40年以上前になりますが、その時、担当の若い先生から「大先生に包んでください」と耳打ちされ、出産に当たっては事実上何もしなかった老先生に、たしか10万円のお礼をしたと思います。

まだ日野原先生の薫陶を受けた先生や看護婦が居なかった頃のことです。 

しかも、当時の聖路加の担当看護婦は、たいへんに意地悪で、態度も荒々しく、家内は怖い思いをしたと言っていました。 これは私の邪推かと思いますが、その頃はだ占領下の感覚が残っていて、白人に対してはベタサービスでも、場違いな日本人の患者にはつらく当たったのではないかと思います。

犬養道子さんのエッセイによると、「帝国ホテルに滞在していて、ホテルに日本語で電話をかけると応対がぞんざい。 そこで英語でかけてみると慇懃丁重。 毎日新聞の社説をみると、アメリカに対して批判的だが、同じザマイニチの英文の翻訳では、トーンが変わって低姿勢。 これは偽善である」と。 なるほど、さもありなんという思いがしました。

その頃、田園調布でアメリカ人ビジネスマンの家庭に招かれ、家族と一緒に食事をしたのですが、そこの日本人のメイドさんが私達夫婦にはことさら礼を失した態度で接する。 これもまたその心根が判るような気がしました。 スペンサートレイシーとキャサリンヘプバーンの「夕食には誰が来る」という映画で、白人の娘の許婚のシドニーポワチエが来ると、やはり黒人のメイドが怒るのですね。 「黒人の分際で白人のテーブルに坐るなんて」という気持が現われていて、東西同じ様な心理が働くものだなと思いました。

三木総理の頃、ランブイエの古城に、ディスカールデスタンの招待で、初のG6の会議が開かれましたが、アジア諸国は不満だったようですね。 「日本は下士官じゃないか。 それが将校食堂で食事するとはけしからん」という憤慨でした。 

昨晩、ミズーリ号での調印式のドキュメンタリーをみたのですが、重光外相以下艦上に並んだ日本の政府ならびに陸軍海軍の代表をみて、ある人が「なんだ、あんなちっぽけな連中をやっつけるのに、随分時間がかかったものだな」と、田舎訛のアメリカ兵がつぶやく声がちゃんとマイクでとらえられていました。

井上さんや井上博士も仰るように、将来の日本人も、今の外人なみの体格になってもらいたいものですね。 私は5フィート6インチですが、たまに私よりも背の低い白人に対すると、やはり心理的になんとなく余裕を感じますからね。 背の高い店員から見おろすような角度で口をきかれると、どうも面白くありませんからね。 こちらで育って既に背丈は外人なみの若い東洋人には、私のような一世の移民の屈折した心理はわからないでしょうがね。

シゲより  (06-02-22)

Sunday, February 19, 2006

沈黙の新内閣(06-02-19)

イノさんへ

先日、ハーパーの大失策とは何か、デービッド・エマソンが報道陣を呆れさせたとはどういうことかというご質問をいただきました。 その答は今までもおおかた触れて参りましたので、このメールは二番煎じになりますが、一応繰り返してみます。

ハーパーさんが宰相の印綬を帯びてから2週間になりますが、その動きや意図するところは未だに不透明なままです。 もともと首相を志す野心など無かった理詰めの論客ですから、感情に訴えるタイプのカリスマ派ではありませんが、それにしても、目は般若のように冷たく、顔も謎めいた能面のようでは、ジャーナリストとしても掴み所がなく、メディアから「失策」という批判される所以です。 こうしたコミュニケーション不在は、発足したばかりのハーパー政権としてプラスになるとは思えませんが、首相だけではない、その閣僚も、ほとんどが口をつぐんでいます。 これも、閣議の申し合わせによるものか、あるいは緘口令がまだ解かれていないのか、よくわかりません。 次の議会が始まるのは4月。 それまでの6週間は、各大臣も、それぞれの省庁の次官や局長からコーチを受けて、議会のクェスチョンぺリオドに備えようとしているのでしょう。 それにしても今の無言の構えはいささか異常にみえます。

それを今は黙過しているメディアも、いつもならもっと騒ぐのでしょうが、今はトリノの冬季オリンピックの取材で手いっぱい。 スタッフも資材もトリノに傾注し、事に当たっていますから、オタワの政情が静かなのも、かえって具合がよいのかもしれません。 

それにしても、ハーパーさんがこの10日余りの間に所感らしきものを洩らしたのは一回だけ。 それもカメラの前で記者団に語るのではなく、総理府のスポークスマンが読み上げた文書による発表でした。 

デービッド・エマソンさんが、選挙後2週間で、自由党から保守党への鞍替えした問題についても、ハーパーさんが騒ぎを惹き起こした張本人であるにもかかわらず、プレスや選挙区からの攻撃に曝されているエマソンさんを別段積極的に擁護する姿勢もみせず、またそのごり押しを正当化しようともしていません。 問題が風化するのを待っているかのようです。

党から党へと渡り歩く議員も時たまいますが、半年や一年経ってからならともかく、2週間で飛び移るというのは、さすがに珍しい。

エマソンさんは、オンタリオのクィーンズ大学で経済学の博士号を取り、ブリティッシュコロンビア州政府の次官を勤めた人ですが、その後金融界に移り、さらにキャンフォーというBC州最大の森林関連会社の社長と、官界財界の尾根をつたってきたエリート。 その経歴をみても有能の士であることは判ります。

2004年の選挙の際は、時のマーティン首相の懇望で、バンクーバー市のキングスウェイの選挙区から自由党の旗のもとで出馬して当選。 直ちに産業大臣として入閣しました。  このキングスウェイという所は、左派に近い自由党や新民主党が強い所で、右派の保守党は50年以上も有権者から見放されています。 今回の選挙にしても然り。 自由党の候補として選挙に臨んだエマソンさんは保守候補を遠く退けて悠々当選。 しかし自由党そのものは、全国的に124対103と、保守党に惜敗したのでした。

ところで保守党が元来強いのは農村とか山間部などの地方。  大都市では弱いのです。 事実トロント、モントリオール、バンクーバーの三大都市では保守党は全滅でした。 これは由々しい事です。 国土は世界で2番目に広いとはいえ、3千万の人口の大半は都市部に集中している点で、カナダは都会人の国なのです。

ブリティッシュコロンビアの保守党は、今回の選挙でも地方から17人の当選者を出しました。 しかし大事なバンクーバーは空洞のまま。 そこでハーパー首相は、ひそかにバンクーバー市選出の自由党議員で前産業相のエマソンさんに電話を入れました。 「通商大臣のポストを提供するから乗り換えないか」と切り出しました。 選挙戦の間は保守党の悪口を散々言っていたエマソンさんですが、あっさりその勧めを受け入れました。 

2月6日総督官邸の玄関で待ち構えていた報道陣は、香港出身の夫人を伴って車から降り立ったエマソンさんに「なんで?」と驚いたわけです。 報道陣だけではありません。 保守党の長老達も、昨日の敵を今日の友として迎えた事にはつんぼ桟敷に置かれたままでした。

エマソンさんは党を乗り換えるに当たって、マーティンさんに電話で説明するつもりだったというのですが、マーティンさんの方では、いまだにその電話がかかってくるのを待っています。

エマソンさんの選挙区では、選挙運動に参加し、募金運動に協力した人達がショックを受け、憤慨しています。 「我々は自由党のために戦ったのだ」「自由党の選挙資金として寄付したのだから金を返せ」「辞任してもう一度選挙をやり直せ」と息巻いています。 

その選挙区は、有権者の半分が中国系です。 移民社会は大体において自由党と新民主党を支持します。 エマソン夫人が中国系とはいえ、自由党から保守党へ一夜にして変わったことについての不信感は2週間経っても収まりません。

エマソンさんは、「自分が大臣になれば選挙区のためになる」と辞める気配をみせません。 「もし政府のコミッショナーが倫理的に黒だという判定を出せば辞めましょう。 しかし選挙資金の97,000ドルを返せとはとんでもない話」と、草の根の怒りの声には耳を貸そうとはせず、高姿勢を崩しません。 

新民主党は、自由党政権を引き摺り落とした立役者ですが、そのレイトン党首も、今回はエマソンさんの引き摺り落しに一肌脱ごうと、
バンクーバーまでやってきて、火を煽ってています。 

そうした中にあって、ハーパーさんは泰然としていますが、保守党の功労者達を無視して、新政権を一存でスタートさせたツケはいずれまわってくることでしょう。

Tuesday, February 14, 2006

政情五里霧中(06-02-14)

イノさんへ

日本でも、マスコミはオリンピック一辺倒なのでしょうか。 カナダも、ウィンターオリンピックに対する思い入れははげしく、選手の成績に一喜一憂しています。 それはいいのですが、その分だけ、ニュースの配分がかたより、政治その他の動きもあまり報道されなくなっています。 あと二週間はこんな状態が続くでしょうが、新任の大臣達も、今のうちに一夜漬けで、担当の各省幹部にコーチしてもらい、新規国会に備えて、データを頭に仕込んでいるのでしょう。

新人の大臣だけでなく、ハーパー首相自身も、メディアには、手のうちを明かそうとしませんから、プレスもストレス気味。 就任してまだ十日ですが、マスコミとの関係は荒れ模様になってきています。

カナダでも、乳幼児を抱えながら、働いている若いママさんが多いのですが、ケベック州では、一日七ドルで、デーケアに、食事つきで預けることができます。 うちの娘も学校の教師ですから、出勤前に、三才と一才の子供を預けて出勤し、帰宅する時にピックアップしています。 毎日一人七ドルずつ十四ドルで預け、しかも食事つきですから、ケベックの母親達はラッキーです。 これには勿論州政府からの補助金が出ているのですが、ハーパーさんの新しい政策がそのまま実行されると、そういう補助金付きのデーケアは存続しなくなります。 その代わり、デーケアに子供を預ける母親も預けない母親も、一律月百ドルずつの扶養手当てを貰えることになるのですが、それでお上の責任は終わりということになります。

もしこのハーパー方式が通れば、次は医療制度も・・・ということになりかねません。 ハーパーさんは、今の、万人が公平に医療を受けられる制度に批判的です。 払える人は、アメリカにでも行って、自由に治療を受けたらよいという考えです。 もしデーケアの考え方がそのまま適用されれば、健康な人にも癌の人にも一律百ドルずつ与えておいて、あとは好きな医者に行って、自費で治療して貰ったら良いというようなものです。

私は、マーティンの自由党が敗れたのは、RCMP(ロイヤルカナディアンマウンテッドポリス連邦警察)の所為だと思っています。 選りも選って、選挙の最中に、自由党から洩れたとされるインサイダー取引を取り上げて、スキャンダル事件で負傷し弱っている自由党にとどめの一発を刺したというのが、私の受けた印象です。 そして選挙が終わってみると、そのフォローアップは立ち消えとなってしまいました。 

そうかと思うと、選挙の後になってから、CBCがドキュメンタリーで、二十年前の進歩保守党の首相だったマウルーニーの、エアバス導入をめぐる、国際的汚職の容疑を蒸し返しています。 これがもし選挙戦の間だったら、保守党にとって致命的なイメージダウンとなっていたことでしょう。 

それに、保守党は、銃砲取締りの為の登録を廃止しようと躍起です。 ハーパーさんもその線で動くことでしょう。 銃砲による殺人事件が多発しているトロントで、保守党が全滅したというのも、西部のカウボーイ的保守党に反撥したものと思われます。 

ハーパーさんは、同じく保守党が全滅したモントリオールとバンクーバーからは、代わりの人物を閣僚に起用しましたが、全国でも最も大事なトロントからは、誰も取り立てようとしませんでした。 

自由党も新民主党も、国民が、相次ぐ選挙にはウンザリしていることを知っていますから、保守党政権を短命なものにすることには、気が向かないでしょう。 

そんな微妙な動きの中で、次の焦点は、誰が自由党の党首になるかということです。 今のところ五里霧中ですが、マーティンさんのカムバックという声も微かながら聞こえています。 しかし今はトリノのオリンピックにさえぎられ、政界の動きはスッポリ見えなくなっています。

シゲより

Wednesday, February 08, 2006

案じられる新首相の行く手(06-02-08)

「スティーブン ハーパーの保守党内閣は、2006年2月6日に船出したが、『天気晴朗なれども波高し』の感じがするなあ。 ハーパー首相は、初日から時限爆弾を抱え込んだ恰好になっているからね」 

「まず、独断で敵将を自分の陣営に引き込んで、しかも枢要な閣僚ポストを与えたことだ。 デービッド エマソンは、もともとマーティン前首相に見込まれて、自由党内閣の産業大臣として政界入りをした人だ。 履歴書をみれば、ブリティッシュ コロンビアで数々の要職を経験した有能の士であることは判る。 しかし自由党議員としてバンクーバーで再選されながら、ハーパーさんから、『保守党の通商大臣にならないか』という電話を受けると、すぐ変心。 自由党の赤い帽子を保守党の青に切り替えて、6日朝総督官邸の就任宣誓式に姿を現わしたから、待ち構えていたプレスも唖然としてしまった」

「まあ、カナダの政界では、自由党から保守党へ、またその逆と、馬を途中で乗り換える政治家は珍しくないのだが、ハーパーさんは、そういう動きを、『道義も倫理もない輩』と非難していた。 しかし、今度やったことは、それと全く同じことだ。 ハーパーさんの道義観も、時と場合によって、カメレオンのように自由に変化することが今回判明した」 

「さらに、この前の選挙で、保守党の選挙参謀は努めたが、自分では立候補しようとしなかったモントリオールのマイクル フォーティエを、いきなり公共事業大臣に据えたからね。 この公共事業省は、政府の中でも最も金を沢山扱う役所だ。 それに自由党政権の命取りとなった例のスキャンダル事件の舞台でもあった所だ。 それを選りも選って、自分の親しいマーチャントバンカーに任せるというのだから、みな目を剥いた」

「モントリオールでは保守党は全員落選したが、それでも候補者の中には、かねてから地域社会に貢献してきた立派な人物もいるはず。 そうした人達を差し置いて、自分の友人に花をもたせた。 それにフォーティエは議席の無い丸腰の身だから、急遽上院議員に任命して、内閣に滑り込ませた」

「でもハーパーさんは、かねがね上院議員の任命制に反対していたじゃないか。 それが、初日に、自らの主張を裏返して、手品のように、シルクハットから鳩を取り出してみせたのだから、みなアッと仰天したのも無利はない」

「これでは、今まで20年間、リフォームからアライアンス、それに進歩保守党との合併と、営々保守陣営の党勢拡大に努めてきた陣笠議員や代議員には、何のコンサルテーションも無かったわけか。 裏切られた功労議員達の心中やいかにと、察せざるを得ないね」 

「今はまだハネムーンの時期だから、内心仮に吐き気を催していても、ベテラン党員や領袖の議員達も、ケセラセラと哲学者然としたポーズで、一応口をつぐんではいるがね」

「日本の政情を研究したカナダの政治学者によると、『日本だったら、幾ら小泉さんでも、長老や重臣に相談しないで大事な国事を独断で実行することはできないだろう。 ところがカナダではそれが通用するのだ。 カナダの首相は、独裁君主に近い権限を持っているからね』ということだ」 

「孤高をもって任ずるたぐい稀な理論家ハーパーさんのことだ。 まわりには非情にみえることでも、ご本人としては、ごく自然なポーズであり、スタンスなのかもしれないね。 しかしレッドネックのカウボーイ議員達をいつまでそうしたスタイルで御していけるかどうかとなると疑問だな。 しかも、第一日から、ダブルスタンダードの人事を敢行し、党内に波乱の種を何粒か蒔いてしまった。 だから『天気晴朗なれども波高し』なんだよ。 カナダの政界も「一寸先は闇」であることにはかわりはないからね」

(06-02-08)  

Monday, February 06, 2006

ハーパー新保守政権発足(06-02-06)

「1月23日の選挙で、少数与党ながら勝利を収めた保守党が、14日後の2月6日に新政権を進水させたね」

「新議会が召集されるのは4月3日だから、本格的に海原に乗り出すのはそれからだが、ハーパー丸に乗り組んだ新閣僚は、首相をいれて27人。 40人近かった自由党時代の内閣に比べれば少ない。 ハーパー首相はかねがね『小さな政府』を謳っていたから、出で立ちに際しては、その約束を守ったことになる」

「内閣の顔ぶれをみると、圧倒的に白人男性が多いが、数少ない女性閣僚の中に、ベブ オダの名前が目を惹く。 オンタリオの二年生議員で、日系人だ。 今までインドや他の国から移住してきた一世で、.議員になり入閣した例は幾人もあったが、日系で下院議員になったのはオダさんが初めて。 だから大臣になったのも勿論初めてだ」

「ヘリテージ省という、広く文化行政を扱う大臣だが、元学校の先生で、通信行政にも通じているエキスパートだ。 野党の議員として、通信問題の委員会の席で鋭い質問をしていたが、CBCにとっても新しい日系女性のボスが頭の上に据わることになるわけだ」

「今度のハーパー政権は、少数与党だから、一年か二年もてばいい方だとみられているが、国民には、相次ぐ選挙はご免という気持がある。 ただ、保守党は、今回の選挙で、トロント、モントリオール、バンクーバーという三大都市からシャットアウトされたからなあ。 現在のカナダは、天然資源や農業を基盤とする、広い国土の国家ではなくて、産業や金融、通信、文化が大事な柱となる、都会的性格の強い国だ。 だから今回都会の選挙区で大きな穴をあけた保守党としては、次の選挙で都会人の票を挽回しなくてはならない」

「その為か、バンクーバー市で当選した自由党の前閣僚を、ハーパー首相が電話して、ひそかに鞍替えさせ、保守党の閣僚のポストを与えた。 今朝オタワの総督官邸で行われた内閣の就任式の取材に待機していた記者団は、政敵のはずのエマソン議員が、保守党の衣をまとって玄関に現われ、通商大臣としての宣誓を行ったのには唖然とした様子だった」

「秘密が完全に守られたのは結構だが、バンクーバー市の選挙区の反響は概ねネガティブだ。 長年保守に貢献してきたベテラン陣笠の面々も裏切られた思いじゃなかったのかなあ。 地元では、『辞任してもう一度出直せ』という声が強い」

「もう一つ、モントリオールも保守党ゼロの地盤だったが、モントリオール出身で選挙参謀をつとめた弁護士を、議席もないまま、重要な公共事業省の大臣に据えたのも驚きだった。 そのくせ、トロントからは、誰も新政権に加わらなかったのはどうしてかなあ」

「カナダでは、派閥による割り振りがない代わりに、地域によるバランスが求められる。 優秀な人材を豊富に持つ州では、勢い大臣になる確率が少なくなる。 地域だけではない。 都市部と地方の均衡。 それに今回最も大きな関心事は、東部と西部のバランスだった。 それに少数民族の存在も無視できない」

「1979年の進歩保守党内閣は、少数与党ながら多数党の矜持をもって、予算編成に当たった。 それが裏目に出たことを、当時既に二十になっていたハーパーさんも覚えているだろう。 その教訓を胸に、ハーパー船長は船橋から海原を見詰めて慎重な舵取りで進むのだろうね」

カナダの金利はどう動くか(06-02-04)

イノさんへ

雨の合間を縫って、この辺を歩いてみると、低層、高層のアパートのあちこちで、「空室あり」の看板を見かけます。 

一時は、バンクーバーの空室率は、全国でも最も低かったこともあって、人口稠密のウェストエンドで、貸しアパートのサインを数多く見るというのは意外でした。

家賃もまあまあと言えるのでしょうが、それが空室ありというのはどうしてか。 今まで家賃を払っていた人達が、同じ金を払うのなら、自分のコンドミニアムを買って、マイオウンホームのライフスタイルを選ぶ人達が増えているからでしょう。

何しろ今は、カナダでも、モーゲジの金利は安く、5%程度と、40年来の低水準です。

ですから借金してマイホームを買うのなら、今がチャンス。 家賃は払ったら戻って来ないが、それと同じ程度の支払いで、マイホームが買えるとなれば、当然の選択です。 将来値上がりの可能性も見込めます。 

しかし、今は安い金利ですが、将来上がる可能性も多分にあります。 仮に 20万ドル銀行から借りてコンドミニアムを買うとします。 その金利が 5%として、25年の返済だと、毎月の元利支払いは $1,163.21 になると銀行でははじいてみせます。 しかし金利が 1%上がって 6%になれば、月々の支払いは $1,279.62。 それに固定資産税もかかります。 もし 7%になれば支払いは $1,400を超えることになります。 慎重に考えなければならない所です。

それに将来の金利上昇のトレンドは明白です。 2004年以来、カナダとアメリカの中央銀行は、それまでの低金利に終止符を打ち、バンク オブ カナダは2006年の初めまでに 6回金利を上げて 3.5%とし、アメリカの連邦準備銀行はこの 2年足らずのうちに 14回利上げし、現在 4.5%です。 しかも中央銀行は、これからも金利は上昇を続けるだろうとうというシグナルを送っています。

バンク オブ カナダは年に 8回レートを設定します。 1月末と3月初め、4月半ば、5月下旬、7月中旬、9月上旬、10月半ば、12月初めです。

アメリカの連邦準備銀行も、年に 8回レートを設定しますが、バンク オブ イングランドは年 12回です。

カナダの経済は現在好調で、財政の健全なことでも先進諸国の中ではトップの状態にありますが、それでも金利は、アメリカに強く影響されると、バンク オブ カナダは認めています。 両国のインフレーションや通貨政策も金利に大きな影響を与えることは言うまでもありません。

金利はカナダドル相場の動きにも関連しますが、カナダの金利がアメリカのそれよりも低くなれば、カナダドルの平価も通常下がります。  カナダの金利がアメリカより上回れば、海外投資家は、カナダのボンドを買うでしょうから、カナダドルも需要と供給の関係で高くなります。

経済が過熱する傾向を見せたり、インフレーションが懸念されるようになると、バンク オブ カナダは、金利を上げて、景気の行き過ぎを警戒するブレーキをかけます。 そして市中銀行は、バンク オブ カナダの意向を受けて、レートの動きに連動し、最良の顧客に対するプライムレートを上下させます。

しかし、バンク オブ カナダは、固定金利のモーゲジやクレジットカードについては、直接金利を決めるようなことはありません。 固定モーゲジはむしろボンド市場に影響されます。 ただし変動金利制のモーゲジやクレジットラインについては、プライムレートと同様の扱いになります。

クレジットカードの金利は普通年率 19%です。 デパートやガソリンステーションのクレジットカードは 28%。 これは、家を抵当とするモーゲジと違って、リスクが大きいからだとされています。

大地を打つ槌が外れようとも、家や土地の値上がりは確実という神話は、カナダでも破れました。 しかし今再び全国的に不動産は値上がりしています。 現在バンクーバーの不動産価格を押し上げているのは、2010年の冬季オリンピックの夢です。 この夢がタダの夢とならない保証は無いのですが、$1,200 の家賃を $1,200 のモーゲジに乗り換えて、将来に賭けようとする人達の上に幸運の訪れを念じたいと思います。

シゲより   (06-02-04)