Mail from Vancouver (2005/9/5)
以前、私どもの子供は異人種と結婚しているが、その仲はどうかというお問い合わせを受けたことがあります。
確かに、5人の子供のうち、日本人と結婚したのは1人だけ。 しかしその日本人同士も、2人の育った環境や言葉は元々異なるのですから、やはり異文化人種との結婚に準じることになりましょうか。 お互いに相手の言葉を学ぶことに努めているようですが、不惑の年頃となっては、幼い時に言葉を習得するようなわけにはいかないでしょう。
あとの4人は、それぞれ違う人種と結婚したのですが、基本的なコミュニケーションの道具である言葉だけは、幼児の時から同じですから、意思疎通に支障はないように思います。 むしろ親である私の方が、違う世代の我が子等の表現に付いていけないわけで、私としては別段そのことを気にすることもなく、打ち過ごしております。 ちょっと改まった口調で話すのならともかく、スラングやイディオムが入るとどうもいけません。 それでも親子ですから、大抵のことは阿吽の呼吸で片を付けているというのが実情です。
このことは移民である我々家族に限った問題ではないと思います。 同国人同士の関係や結婚でも、言葉は通じても、感情や人柄を百パーセント理解し、万事丸く収まるということは余り期待できないのかもしれません。
ケベックでは、州民の大半がフランス系で、言葉も文化も血のつながりも強いはずだと思うのですが、男女が一緒に暮らしても、「結婚」という契りを結ぶカップルが少ないのは何故だろうかと慮るのです。 社会学者はとっくにこの問題に関しては幾つかの答を用意しているのでしょうが、私はまだ無知蒙昧です。
ケベック州では、正式に婚姻しても、妻は夫の姓に改めることはできず、自分の旧姓をそのまま名乗り続けます。 夫婦でよそでホテルに泊まる時もややこしいでしょうが、これで困るのは、入院している婦人を病院に見舞いに行く時です。 未婚時代の旧姓を知っていないと、病院でも訪ね付けることができません。
他の英語州では、大体夫の名前に改姓し、その後離婚してさらに再婚しても、最初に離婚した相手の姓を名乗り続けることがあるのは、前の総督の例をみても明らかです。